天岩戸神話とコロナ明け
枝年昌 / Public domain
日本では、ようやく非常事態宣言が解除されました。ホッとされている方も多いのではないかと思います。
けれど、いま、精神科医や心理士など、多くのメンタルヘルスに関わる人たちが気にかけていることがあります。
それは、「荷下ろしうつ」と呼ばれるものです。
荷下ろしうつとは、一生懸命に頑張った後に、ドッと疲れが出ることで生じる抑うつ症状のことです。
通常、頑張っている最中というのは、必死なものですから疲労に気づきにくくなります。
また、ストレス反応には①警告期、②抵抗期、③疲はい期、という三段階があって、ストレスを感じてから直後は様々な身体的・精神的なストレス反応がありますが、少し経つと一時的に抵抗力が強まって、何事もなかったかのように過ごせてしまいます。けれど、その状態が長期化すると、一気にダメージが押し寄せてくるのです。
緊急事態宣言発令中は、皆さん、意識的、無意識的に強い緊張を感じていたことと思います。
気にしなければいけないこと、やらなければいけないことが急に増えて限界を感じながらも、自分がやるしかないと走り続けた方も多かったことと思います。
睡眠不足や体のだるさや痛みをぼんやりと感じながらも、それどころではないと頑張って来られたと思います。
そうして抱えてきた疲労が、気が緩むことで一気に押し寄せて来るのが今の時期です。
けれど、どうぞこれをネガティブに捉えないでください。これは私たちの命を守る、とても大事なサインなのです。
何のサインかというと、「あなたは十分頑張りました」というサインであり、「あなたには休息、セルフケアが必要」というサインです。
もしも睡眠時間が確保できていなかった方は、まずは眠りましょう。
神経が高ぶってしまって眠れない場合には、市販の睡眠導入剤などの助けを借りる方法もありますし、メラトニンという睡眠ホルモンが夜にしっかりと放出されるように、朝の光を浴びるようにして、夕方以降は家の中の明かりを少し薄暗くしておくのも大事です。
眠る前に、濡れたタオルをレンジで温めてホットタオルを作って目の周りを温めることで副交感神経が優位になりリラックス出来ますし、皮膚温が上がることで、カラダの熱の放熱が促されて眠気も感じやすくなります。
また、カラダの筋肉の緊張をほぐしていくために出来ることもやってみてください。
筋肉にはフィードバックシステムがあり、筋肉に力が入って緊張していると、自律神経に影響を与えます。
ですから、出来るだけ筋肉の緊張をゆるめていくことが重要です。
首や肩の緊張、奥歯の噛み締め、腕の緊張、お腹の緊張など、ストレスを感じると力が入りやすい部位を中心にゆるめていきます。
入浴剤などを入れてぬるめのお風呂に浸かるのも良いですし、先ほど同様、濡れたタオルをレンジで温めたホットタオルで首や肩を温めることで血流を良くする方法もあります。
ストレッチで伸ばしたり、マッサージなどでもみほぐすのも良いです。
そして、忘れてはいけないのが、心の緊張を解くこと。
そのヒントを探るために、日本の神話である天岩戸神話を見てみたいと思います。
天岩戸神話
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古事記には、弟である速須佐之男命(はやすさのおのみこと)が乱暴を働いたことを見て畏れた天照大御神(あまてらすおおみかみ)が、天岩戸に引き篭もってしまうことで世界が闇に包まれてしまう、という神話が出てきます。
太陽神である天照大御神が隠れてしまったことで、天上世界である高天原(たかあまのはら)は暗黒となり、地上の葦原中国(あしはらのなかつくに)も、真っ暗闇になってしまいます。
夜ばかりが続き、神々の騒がしい声がまるで五月の蝿のようにみち広がり、万物の災いがいっせいに起こります。
困った八百万の神々は高天原の河原に集い、どうしたものかと相談し、様々な儀式を行うことにしました。
鏡と、勾玉で出来た一連の数珠を作らせ、榊(さかき)の木の枝に、その鏡と数珠と祭具を垂らして下げ立派な捧げものとして奉り、祝詞をとなえます。
天手力男神(あめのたぢからおのかみ)という怪力の神さまが岩戸のそばに隠れて立ち、
天宇受売命(あめのうずめのみこと)は、桶をふせてその上に乗り、神がかったように胸をあらわにし、裳という腰から下の衣服を陰部まで押し下げて踊ります。
するとそれを見た八百万の神々は、高天原が鳴り轟くように一斉に笑いました。
岩戸の外の盛り上がりを不思議に思った天照大御神は、思わず岩戸を少し開けてしまいます。そして天宇受売命に、「なぜ天宇受売命は舞い遊び、八百万の神々は笑っているのか」と問います。
天宇受売命は、「あなた様よりも貴い神がいらっしゃっているので、喜び、笑い舞い遊んでおります」と答えると、別の神様が先ほどの鏡を差し出します。
鏡に写った自分の姿をその貴い神だと思った天照大御神は、ますます不思議に思い、そろそろと岩戸の戸口から出てきたところを、そばに隠れていた天手力男神がその手を取って引き出してしまいます。
こうして無事に世界は、光を取り戻したのです。
笑い、好奇心、太陽の光
さて、「笑う」は、「割る」に通じるものです。
岩戸を破り、闇を割ることが出来たのは、笑いです。
この天岩戸神話と共通したモチーフは、ギリシャ神話にも見られます。
娘ペルセポネーを冥界の王ハーデースにさらわれた豊穣の女神であるデメテルは、娘を探してさまよった後に、エレウシスにある井戸のそばに座り込んでしまいます。
誰もデメテルを慰めることが出来ずにいるなか、性器を象徴する女神と言われるバウボがきて、卑猥なダンスを踊ると、デメテルがつい笑ってしまうのです。
神話学者のキャンベルは、これを「卑猥さやわいせつ性が、これまでとは別の視野を与える」と表現しています。さらに、「こうしてあなたは、でき上がった人間の領域から離れ、創生や再創造の自然力学のなかで、悲嘆という束縛から解放されるのです」と言います。
つまり卑猥さやわいせつ性というものには、自己超越させる力があると言うのです。
自己超越とは、時間や空間に制約された生活の現象面を超えた深遠なる存在の本質への超越です。
笑いにもまた、そうした自己超越の力があります。
さて、話しが横道にそれてしまいましたが、ここでコロナ明けに話しを戻しましょう。
長いこと自粛して篭っていた私たちには、今こそ「笑い」の力が必要ではないかと感じます。
私たちも、この疲労感や抑うつ気分を、闇を「割る」ために、たくさん笑いましょう。
もちろん、日常のなかで面白くて、楽しくて笑ってしまう場面があれば、それは素晴らしいことですが、
「笑う時間」を自分で作ることも出来ます。
お笑い番組、落語、コメディ映画などを観る時間を作って、たくさん笑ってください。
そして、天照大御神が鏡で自分の光を見たように、私たちにも太陽光が必要です。
体内時計をリセットして自律神経を整えるためには、光がもっとも大事な要素です。
晴れて太陽が降り注いでいる日の野外は1万ルクスほどの光量があるのに対して、室内の蛍光灯など光量はその20分の1から10分の1程度しかありません。午前中に出来るだけ外で太陽光を浴びるようにしてお過ごしください。
もう一つは好奇心です。
天照大御神は、自分の好奇心によって外に出てきたのです。
外の世界の、面白そうなこと、好奇心をそそられることに意識を向けてみてください。