Helix Centre|東京・三鷹市・武蔵野市のカウンセリングルーム

Helix Centreでは三鷹・武蔵野市周辺の18歳以上の方を対象に、臨床経験豊富な女性臨床心理士がカウセリングを行っています。

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センターお休みのお知らせ

2019年7月13日から7月28日まで当センターはお休みとなります。
 

大変申し訳ありませんが、上記期間中、電話対応はできません。

 

フォームでのご予約、お問い合わせには対応しておりますので、

 

フォームにてご連絡をお願い致します。

2019年07月08日 22:36

シャルトルブルーとゲーテ

闇と光と赤
前回のブログでは、シャルトルのノートルダム大聖堂と、ラビリンスのお話しをしました。
 
シャルトルのノートルダムといえば、もう一つ有名なのが、パリのノートルダムと同様に、バラ窓があります。
 
バラ窓(Rose window)とは、ゴシック建築によくみられる、放射状に伸びた仕切りとなる骨組みによってバラの花の形、もしくは車輪のようなパターンをなす円形の窓のことで、ステンドグラスで作られています。
 
(なので、車輪窓wheel windowと呼ばれることもあります。)
 
特に、シャルトルのバラ窓の青は、現代でも科学的にその成分の解析には成功していないと言われていますが、
 
その神秘的で、比類なく美しく深みのあるブルーは、「シャルトルブルー」と固有名詞で呼ばれるほどです。
 
どんなに色の解析をしても、「シャルトルブルー」の本当の深さと美しさを科学的に解明することはできない、とゲーテなら言うのではないでしょうか。
 
ニュートン的な科学、光学で光の波長に分解したとしても、大聖堂のなかで体験する神秘の青の本質は分からないのではないかと思います。
 

光だけを見つめたニュートン

アイザック・ニュートンは、自分が生まれる前に父が亡くなり、3歳の時には実母は再婚相手のところに行ってしまい、とても孤独な幼少期を過ごしています。

家にひきこもることが多かったと言われています。
 
そして、そんな孤独な彼がひたすらに惹かれ見つめていたのは、窓から差し込む太陽の光でした。
 
彼は取り憑かれたかのように、沢山の日時計を作りました。
 
そして、その彼の飽くなき光への希求が、光のプリズム実験へと繋がっていきます。
 
ニュートンは、ただ光だけを見つめ、それを分解し、色を発見しました。彼にとって闇とは、単なる光の欠如でした。

そこが、ゲーテとの大きな違いです。
 

闇を受け入れたゲーテの色彩論

ゲーテの色彩論では、闇は色彩現象をになう重要なものでした。

ゲーテは、闇無しには、色彩は存在しないと考えたのです。彼は、光だけではなく、もっと大きな全体を見ようとしたのです。
 
それが、対象だけを細かく分解していく科学的なアプローチと、芸術との違いでもあるのかもしれません。
 
ゲーテは彼が20年の歳月をかけて執筆した色彩論のなかで、「色彩とは、光の行為であり、受苦である」と書いています。
 
真っすぐな光が何かにぶつかり、屈折し、「苦しむ」ことで色となります。
 
そして、「行為」ということは、そこには動きがあります。それは、止まったもの、静なるものではなく、生成するものです。
 
色は、光と「人間の眼」との出会いによって生じるものなのです。
 
シャルトルブルーの本質が科学的には解明できないのは、それが私たちの「眼」との出会いによって生じる現象だからです。
 
ゲーテの色彩論では、青は闇に一番近い色です。
 
その青がステンドグラスに差し込む光と出会うことによって、「赤」というパワフルな色を生み出します。
 
ゲーテは、この光と闇、対立するものが呼びもとめ合う「分極性の働き」を自然のなかに見いだし、そして、その互いに対立するものが呼び求め合い、統合することで、より高いものが生じる「高昇の働き」も発見します。
 
シャルトルのバラ窓には、青と赤が使われていて、赤は「慈愛」のシンボルだと言われています。
 
慈愛は、英語だとAffectionでラテン語のaffectioを語源に持ちますが、ラテン語のaffectioのいくつかの意味の中には「善い意志」「意志」という意味もあります。
 
これは、自身も沢山の苦難と喜び、闇と光を体験したサイコシンセシスの創始者、ロベルト・アサジオリが、
 
私たちの存在の中心に「意志」を置いたことにも通じるのではないかと思います。
 
2019年05月08日 13:43

シャルトルのラビリンス

大聖堂の天井画

The Labyrinth of Cathédrale Notre-Dame de Chartres
 

パリのノートルダムが初期ゴシック建築の傑作なら、クラシカル・ゴシックの最高傑作はフランス中部にある都市シャルトルのノートルダム大聖堂です。
 
11世紀初めにロマネスク様式で建てられたシャルトルのノートルダム大聖堂は、12世紀末に一度火災によって焼け落ち、ゴシック様式で再建されたのです。
 
中世では、巡礼者のために床にラビリンス(迷宮)が描かれる大聖堂が現れましたが、このシャルトルの大聖堂の床にも、ラビリンスがあります。
 
ラビリンスは迷路と間違えられやすいのですが、実は全く別の構造です。
 
ラビリンスと聞いて、クレタ島クノッソス神殿のラビリンスを思い出す方もいらっしゃるかも知れませんが、
 
まさにこのクレタ島のラビリンスの紋章であるLabrys(両刃の斧)がLabyrinth(ラビリンス)の語源であったという説もあります。
 
クレタ島にあるラビリンスは、いわゆる迷路のような通路が入り組んでいるような建造物ではなく、分岐のない一本道がグルグルと続いているのですが、
 
これこそが、ラビンリスの特徴です。
 
ラビリンスでの通路は決して交差せず、道に選択肢はありません。
 
そして、グルグルと一本道を辿っていくと、何度も中心の近くを通りすぎることになります。
 
つまり、幾度もついに中心に辿り着いたかと思いきや、まだまだ道のりは続いていくのです。
 
すると一本道なのに、自分がまるでどこかで道を間違えたかのような不安を感じはじめ、何度も何度も中心に辿りついたかと思ったらやっぱり違ったとがっかりすることになります。
 
けれどその道は実際に中心へと通じていて、必ず中心に辿りつけるのです。

中心に辿り着く以外の選択肢はないのです。
 
そしてその一本道を辿っていくことで、その空間内のすべてを通る、すべてを体験するような設計になっているのです。
 

アリアドネの糸

 
何か複雑な物事を解決する際に、「糸口を探す」「手がかりを探す」と言いますが、
 
英語では「糸口」「手がかり」は、clueです。
 
もともとclueは糸玉、つまり糸をグルグルと巻いてまるめたボールを意味していました。
 
そして、この糸玉は、アリアドネの糸玉のことです。

アリアドネとはミノス王の娘です。
 
クレタ島のミノス王は、自分の后パシパエが美しい白い雄牛と交わり産んだ、牛の頭を持つミノタウロスを、
 
名工ダイダロスに建造させたラビリンスの奥深くに閉じ込めます。
 
そして、成長し凶暴になったミノタウロスの食料のために、9年毎に7人の少年と少女を生け贄として捧げていましたが、
 
あるときアテナイの英雄テーセウスがこの生け贄に自ら志願し、クレタ島にやってきます。
 
テーセウスに恋したミノス王の娘アリアドネは、彼にラビリンスから脱出するための糸玉を渡します。
 
こうしてテーセウスは、ラビリンスでミノタウロスを倒し、アリアドネの糸を辿って無事にラビリンスから脱出することに成功するのです。
 

シャルトルのラビリンス

 
シャルトルのノートルダムのラビリンスは、11の同心円からなり、その中心には6枚の花弁を持つバラが描かれています。
 
バラは、大いなる自己、セルフの象徴です。
 
つまり、ラビリンスは、真の自己への回帰を表現しているのです。
 
中世ヨーロッパでは、個人としての巡礼者が、世界・宇宙の創造主であり中心である神との合一を目指す、瞑想の一つの方法としてこのラビリンスを用いていました。
 
ラビリンスは人生の道のりにも似ているし、何かの物事を行ううえでのプロセスにも似ているのではないでしょうか。
 
必ず中心に辿り着くことを信じたいけれど、
 
幾度も間違えたのではないかという不安にふるえ、
 
もう辿り着けないかも知れないと恐怖に戦きながら、
 
それでも微かなアリアドネの糸を辿って進んでいく。
 
カウンセリングも、そんなプロセスにどこか似ています。

セッションのなかに立ち現れてくるアリアドネの糸を一緒に辿りながら進んでいきます。

クライエントの脳裏には、何度も、何のためにこんなことをしているのだろうと疑問がよぎります。

もう中心に辿り着いたかと思うと、それはまだ途中でしかないことが分かり、がっかりしてしまいます。
 
カウンセリングでは、途中で休憩してもいいし、どこまで進みたいかは自分で決めてよいことだと思います。
 
必ず中心に辿り着かなければならないこともないでしょうし、
 
自分で進む意図も無いのに進んでいる方もいるでしょう。
 
それでも、人生のラビリンスでは、今日も、呼吸をし続けることを選んでいるのであれば、
 
あなたはラビリンスを進んでいるのだと私は思います。
 
そして自分で意図しなくても呼吸をし続けられているのであれば、
 
それは大いなる自己が、あなたがラビリンスを進むのを後押ししているのではないかと思います。
 
 
2019年05月03日 18:02

Beautiful Harmonyに向けて

グロスター大聖堂

Cathédrale Notre-Dame de Paris


4月15日の夜パリのノートルダム大聖堂で大規模な火災が発生し、教会の尖塔が燃え落ちたことを伝えるニュースに、心を痛めた方も多かったのではないでしょうか。
 
パリのノートルダム大聖堂は、1163年に建造が開始され2世近くかけて完成された、ゴシック様式を代表する建造物であり、世界遺産にも登録されていました。
 
(トップの写真は、ロマネスク様式、初期イングランドゴシック様式の混合と言われるイギリスグロスター大聖堂の写真です。)
 
またパリのノートルダムといえばバラ窓と言われるほどの、
 
深淵な青と炎のような赤色の美しいコントラストであれほど美しかったバラ窓のステンドグラスも、
 
今回の火災で焼け落ちてしまったとのことです。
 
パリのノートルダム大聖堂は、初期ゴシック建築の最高傑作と言われています。
 
ゴシック建築が誕生した12世紀は、中世です。
 
栄光のギリシャ・ローマ文化が衰退し、
 
ゲルマン民族の大移動とともにキリスト教が民衆に浸透するにつれて、
 
様々な文化が抑圧され多様性が失われていき、
 
社会も封建的になり、重く苦しい空気がヨーロッパを覆っていました。
 
また、ペストの流行や異端審問といった病気や死の影も色濃く、
 
暗黒の中世と呼ばれています。
 
ヨーロッパは、暗く恐ろしい森に覆われていました。
 
ゴシック建築は高さが一つの特徴ですが、
 
パリのノートルダムも聖堂内に入ると、
 
高さと重量のある屋根を支えるためのアーチ状の太い柱が立ち並び、
 
まるで高い樹々が並んだ鬱蒼とした中世の森に入ったかのような感じがします。
 
そこに高い窓からステンドグラスを通して、神秘的な青い光が差し込んで来ます。
 
アーツアンドクラフト運動を牽引したウィリアム・モリスに多大な影響を与えた、
 
19世紀イギリスの思想家ジョン・ラスキンは、
 
中世のゴシック建築こそアートと職人が未分化の状態にあり、
 
創造と労働が同じ水準に置かれていた理想的な建築であったと称揚し、
 
ゴシック・リバイバルの機運を高めましたが、
 
そのラスキンは、ステンドグラスのような半透明のガラスは、
 
人々の心に聖なるスピリットを印象づける最も良い方法であったと言っています。
 
暗く重苦しい時代のなか、人々の心は光を求めていたことでしょう。
 
そして、大聖堂のなかで、神秘の光を体験し、
 
そこに希望と神の恩寵を見いだそうとしていたのではないでしょうか。
 

ルネッサンス、再生と復興

 
今日は平成最後の日です。

一つの時代が終わり、令和という新しい時代に移り変わるこのときに、
 
世界の貴重な財産が焼け落ちたというのは、とても象徴的な感じがしました。
 
暗黒の中世を代表するゴシック建築ですが、
 
ゴシックの後にやって来たのは、ルネサンス、再生と復興でした。
 
令和は英訳すると、Beautiful Harmony「美しい調和」となるそうです。
 
ルネサンスのアートには、「普遍的な美との調和」という特徴があると言われています。
 
令和の時代を、本当に「美しい調和」の時代にするために、
 
私たちに出来ることは何か、真剣に考えていきたいと思います。
 
このノートルダム大聖堂から徒歩10分のところに住んでいるパリの友人に、
 
心配して連絡すると、案外ケロッと元気にしていました。
 
さすが市民革命の歴史を持つフランス人は、破壊に強いのかも知れません。
 
日本人は一度作ったものを壊すことが苦手と言われています。
 
それは日本人の美徳でもあり、弱点ではないでしょうか。
 
私たちが作りたい本当に美しい調和のある時代とはどんな時代なのか、
 
ゼロから考える必要があるのかも知れません。
 
サイコシンセシスは個人のうちなる葛藤や対立を超え内なる調和をみつけ、

そして社会全体の調和を目指す心理学ですが、
 
そのサイコシンセシスを日本に紹介されてきた平松園枝先生は、
 
“Starting from within”「自分のなかに答えを探す」という言葉を、
 
とても大事にされています。
 
自分のなかに答えを求めて、自分の内側から始めること。
 
ちっぽけな種のなかに、これから大きな大きな樫の木になる
 
すべての可能性がつまっているように、
 
あなたの中に内なる光と力はいつもそこにあります。

サイコシンセシスではそれを愛と意志と表現します。

気づきや愛だけでは十分ではなく、意志を重要視しました。
 
ユングにとって「塔」は、自我を超えたより大きな自己のシンボルでした。
 
そして、自己を内なる神とも表現しています。
 
ノートルダムの「塔」が焼け落ちてしまったのも、とても印象的でした。
 
そのユングは、己を幾度も破壊の恐怖と苦しみにさらすことができるものだけが、
 
本当の自己に辿り着けると言っています。
 
私たちの身体の細胞は日々、死んでは生まれ変わっているように、
 
破壊と再生の繰り返しこそが命であり、人生なのかも知れません。
 
これから始まる時代が、破壊を超え、再生へと繋がり、
 
美しい調和のある世界となることを願ってやみません。
 
いまは暗い森のなかにいる私たちが、
 
こころに差し込む一条の内なる光を見つめて歩いていけますように。。。
 
2019年04月30日 09:23

傷を負った英雄

白馬の風景

英雄元型を超えて


少し間が開いてしまいましたが、前回は3回に分けてヒローズジャーニーのお話しをしました。
 
さて、この英雄的な在り方は、ひとつの元型です。
 
それはつまり、英雄的な在り方は一つのパターンであり、限界があるということです。

それだけでは全体的ではないのです。
 
実際、現実の世界で英雄的元型を生きている方には、
 
多くの盲点も苦しみもあります。
 
英雄は、問題にぶつかるとそれを「解決」するために勇敢にも「行動」します。
 
「強い意志」で、目標や目的に向けて「前に進み」、
 
目的を達成するために敵や問題に「立ち向かって」いきます。
 
そして敵と「戦い」、勝利して、宝を手に入れることもあれば、

戦いにおいて美しく死んでいくこともあります。
 
英雄は、未開の地へと、果敢に船出して、
 
そこで出会うものたちを「征服」していきますが、
 
そうなるとそこで出会うものは、「自己の延長」に過ぎません。
 
英雄的在り方では、「自己を拡大」してしまうだけで、
 
本当の意味で「他者」と出会うことは難しいのです。
 

英雄のシャドウ


そんな英雄の影(シャドウ)は、傷つき、苦しみや痛み、無力感を持ったものです。
 
ユングは、光が当たるところには必ず影ができるのと同様に、
 
自分が「意識的に生きられている側面」には、
 
必ず「生きられていない側面」があるといい、
 
そうした側面を影(シャドウ)と呼びました。
 
そして、その影との出会いという「狭き門」をくぐり抜けていくことで、
 
自分が本当に誰であるのかを知ることが出来ると言います。
 
トロイア戦争をうたったホメーロスの叙事詩「イーリアス」には、
 
英雄アキレウス(Ἀχιλλεύς)が登場します。
 
女神テティスを母に、人間の王を父に持つ英雄アキレウスは、
 
かかと、つまりアキレス腱だけが不死ではないという弱点を持っていました。
 
そのアキレウスは、トロイア戦争のときに敵方の王子パリスにかかとを射られて、
 
瀕死の重傷を負い、死んでしまいます。
 
そんな風に傷を負った英雄というのは、死んでしまうことがほとんどですが、
 
傷を持ったまま生きた、あまり知られていない英雄がいます。
 

Wounded Hero Philoctetes

 
同じくトロイア戦争のお話になりますが、トロイア遠征に参加した
 
弓の名手として知られる英雄フィロクテテス(Φιλοκτήτης)です。
 
フィロクテテスは、遠征の途上で足を蛇にかまれてしまいます。
 
その傷からは腐臭がするようになりました。
 
その腐臭に耐えられなくなったギリシャ軍によって、
 
彼はレムノス島に置き去りにされてしまいます。
 
傷を負った英雄フィロクテテスが、無念にも戦線から離脱し、
 
仲間に置き去りにされてしまうのは、どれほどの苦悩と苦しみがあったことでしょう。
 
彼を置き去りにしたギリシャ軍は、その後トロイ戦争で苦戦します。
 
とても興味深いのは、ギリシャ軍はそのレムノス島に置き去りにされた
 
フィロクテテスなしには勝利をあげることが出来ないという予言を授かり、
 
彼を連れ戻し、もう一度参戦して欲しいとフィロクテテスの説得に向かうのです。
 
こうして戦線に戻ったフィロクテテスは上述のトロイの王子パリスを
 
得意な弓で射殺すことに成功します。
 
英雄の傷が、みな足にあるというのも、とても興味深いですよね。

英雄は遠い地、ここではない何処かを目指しますが、
 
自分の足元に目を向けること、
 
地に足をつけること、
 
いまここ、現実に意識を向けよ、ということでしょうか。
 
もしあなたが、これまで目標を明確に持ち、それを達成するために、
 
前だけを向いて問題や課題に果敢に立ち向かい、戦い、
 
征服するという英雄的旅路を続けてこられたのでしたら、
 
その旅路のなかで置き去りにされた、
 
自分のなかにいる、傷ついた「内なるフィロクテテス」に意識を向けることも、
 
英雄的生き方を超えた全体へと向かう、大事な旅の一部ではないでしょうか。
 
 
2019年04月18日 15:15

英雄神話の構造③

月の移り変わり

③Return リターン(帰還)

新しい世界で、至福と覚醒を手にした英雄は、
 
日常生活には戻りたいと思わないかも知れません。
 
それを手に入れて故郷に戻ることが本来の目的だったとしても、
 
元いた場所に戻ることは簡単なことではありません。
 
多くの英雄もまた、最初は帰還を拒絶します。
 
その理由は、故郷に胸を張って帰れるほどの戦利品がないことであったり、
 
その帰路の困難を思い心が挫けてしまうことであったりします。
 
特に、そこに辿り着くまでが困難な道のりであればあるほど、
 
また同じ苦しみを味わうのかと思うと辞退もしたくなりますよね。

しかし、それでも英雄はもとの世界に戻らなければならないのです。
 
ホメロス『オデュッセイア』のなかで、
 
トロイア戦争に勝利したイタケの王、英雄オデュッセウスが、
 
10年もかけて故郷イタケに戻る苦難の物語りを吟いました。
 
別世界にいることは、夢を見ているようなものです。
 
その夢が美しければ美しいほどそこから醒めたくないと思うものですが、
 
それでも夢から目覚め、日常世界に戻ってくる必要があるのです。
 
帰還なしには、旅は完結しません
 
そして帰還はまた、
 
旅によって、そしてイニシエーションによって変化した自分と、
 
自分の帰るべき日常世界との統合でもあります。
 
10年間のトロイア戦争と10年間の帰路の漂白のなかで、
 
風貌まで変化してしまったオデュッセウスもまた、
 
自分の帰りを信じて待っていた貞淑の妻ペネロペに
 
自分がオデュッセウスであると証明しなければなりませんでした。
 
また、英雄を捉えている別世界もまた、彼の帰還を阻止しようとします。
 
あちらの世界から脱出するために、英雄は時には呪術を使ったり、
 
外界からの救出が必要となったりします。
 
こうしてようやく日常世界に戻って来た英雄は、再生を果たします。
 
あちらの世界と、こちらの世界、両方を知っていること、
 
その両方を行き来できること、そこから自由であることは、
 
英雄に自由な生と価値観の超越をもたらします。
 

“英雄神話に潜む世界の母型”

 
松岡正剛さんは、キャンベルの功績は、
 
神話などの人間の物語りの根底にある母型を示したことだと述べています。
 
それは、“「眠り(闇)」と「覚醒(光)」の絶えざる循環”であり、

 
「個体(ミクロコスモス・部分・失われたもの・欠けたもの)」と、
 
「宇宙(マクロコスモス・全体・回復したもの・満ちたもの)」との対立と
 
融和と補完をめぐる母型
“であると言います。

 
私たち自身の生命が眠りに落ちて、朝目覚めるというリズムを繰り返すように、
 
精神、あるいは魂もまた眠りと覚醒のリズムを繰り返しています。
 
何かを失っては、またそれを回復するための心の旅があります。
 
大きな長い期間でのリズムもあれば、
 
毎日の生活のなかでの喪失と回復もあります。
 
らせんのように繰り返される、光と闇のドラマ。
 
それは終わることのない、私たちの人生のドラマです。

 
2019年02月28日 11:18

英雄神話の構造②

月の移り変わり

イニシエーションInitiation 

 

前回のブログでお話しした英雄神話の構造の続きです。

 

成人式とは、 「子ども」から「成人」になるための儀式ですが、

 

一般的には、こうしたある社会的カテゴリー(「子ども」)から、

 

別の社会的カテゴリー(「大人」)に加わることを許可するための、

 

一連の儀式的な行為のことをイニシエーションと呼びます。

 

更には、何らかの宗教的な団体に加入したり、

 

僧侶、シャーマンなどの何らかの職能集団に加入するときなどの儀式も、

 

イニシエーションと呼ばれます。

 

現在の成人式は単なる形式になってしまいましたが、

 

本当のイニシエーションには、多くの試練が待っています。

 

試練なくして、成長や変容はありえません。

 

ルークもまた、降りかかる様々な問題を解決し、

 

何度も絶体絶命の危機を乗りこえていきます。

 

ルークにとっては「普通の青年」から、

 

「ジェダイの騎士」になるためのイニシエーションです。

 

女神との遭遇

 

ルークがレイア姫に出会ったように、

 

英雄はイニシエーションにおいて、

 

女神・乙女あるいは聖母に出会うこととなります。

 

この乙女や女神は、英雄が試練を乗りこえた後に

 

手にすることのできる世界を象徴するものであり、

 

「母なるもの」との結びつきを絶ち、

 

それまで自分が慣れ親しんでいた世界からの自立を促してくれる存在です。

 

けれど、この乙女や女神とそのまま結ばれることはありません。

 

その前にやらなければならないことがあります。

 

誘惑する異性との出会い

 

乙女や女神と出会った英雄は、「母殺し」をしなければなりません。

 

ここで言う「母」とは実際の「母」というよりも、

 

「母なるもの」と言えます。

 

「母なるもの」は、育み、癒し、包んでくれるものであると同時に、

 

それは無意識の眠りへと飲み込んでしまうものでもあります。

 

英雄が英雄となるには、母性からの精神的自立が必要であり、

 

目覚めが必要です。

 

それは、様々な形の危険で英雄に襲いかかります。

 

ときに、全てを忘れさせるような誘惑的な女性との出会いであったり、

 

魔女から動物の姿に変えられてしまうような危険であることもあります。

 

身体的・物質的快楽に溺れて自分を見失い、

 

飲み込まれてしまうというのがここでの危機となります。

 

ルークは、レイア姫と出会った後、デス・スターのなかの

 

巨大なゴミ捨て場のなかで不気味な生き物に飲み込まれそうになりましたね。

 

父との一体化

 

誘惑する異性の試練を乗りこえた英雄の次なる試練は、

 

「父殺し」です。

 

ここでも、もちろん実際に父親を殺すのではなく、(そういう場合もありますが)

 

父親・父なるものと対峙し乗りこえることです。

 

本来、父や父なるものは畏怖や脅威の対象でもあり、

 

父なるものとの対峙とは、

 

英雄の人生で大いなる力を持っているものとの対決です。

 

ルークにとっては、ダース・ベイダーという恐ろしい父親との

 

対決と和解が待っていました。

 

こうして父と対峙したヒーローは、

 

世界に対するまったく新しい見方・叡智を手に入れます。

 

そして、これがこの先の冒険の困難に立ち向かうことを可能にしてくれます。

 

終局の報酬

 

こうしてジェダイの騎士となり、デス・スターを破壊することに成功し、

 

レイア姫を救ったルークは、

 

最後にレイア姫から勲章をさずかりました。

 

多くの英雄物語りでは冒険の末に、

 

そもそもの冒険の目的であった永遠の命を手にしたり、

 

永遠の命を与えてくれるようなエリクシールと呼ばれる

 

霊薬を手に入れることになります。

 

多くのアドベンチャー映画は、

 

敵を無事倒して報酬を手にしたところでエンディングとなりますが、

 

英雄神話では、この続きがあります。

 

それが、リターン(帰還)です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2019年02月14日 07:02

英雄神話の構造

月の移り変わり

3つのステージ

 

前回のブログでは、ジョゼフ・キャンベルがスターウォーズの構想に、

 

大きな影響を与えたというお話しをしました。

 

キャンベルの業績の一つは、

 

英雄神話・英雄伝説に共通する基本構造を明らかにしたことです。

 

それは、大きくまとめると以下の3つの段階があります。

 

①Separation 分離・旅立ち

 

②Initiation イニシエーション

 

③Return 帰還

 

①Separation 分離・旅立ち

 

遠い世界を夢見ながらも農場で平和に暮らしていたルークは、

 

偶然に購入したR2−D2というドロイドに潜んでいたレイア姫のメッセージを、

 

またまた偶然にも目にしてしまいます。

 

そして、そのメッセージをジェダイの騎士であるオビ・ワンに届けようとするR2に導かれ、

 

オビ・ワンに出会うことになります。

 

そして、彼からライトセーバーというルークが引き継ぐべき剣を渡され、

 

危機に瀕しているレイア姫と反乱軍を救うべく、

 

オルデランという惑星へと誘われます。

 

こんな風に、多くの英雄がメッセンジャーと出会うことによって、

 

旅立ちへの召命を受けます。

 

けれど、日常生活から未知の世界へと旅立つのは、

 

とても怖いものです。

 

ルークがそんなことは叔父さんが許してくれないと断ったように、

 

多くの英雄は最初その召命を辞退します。

 

すると、ルークの叔父さんと伯母さんは帝国軍に無残にも殺されてしまいます。

 

命を引き受けない英雄には、

 

旅立ちを追い立てるかのようなことが起きるのもまた、

 

英雄伝説のパターンです。

 

ルークはこうして、オビ・ワンと共にオルデランへと向かう決意をします。

 

自分に与えられた命を引き受けた英雄には、

 

自然のちからを越えた助けが与えられます。

 

こうした助けは、決して見るからに分かりやすい華々しい助けではなく、

 

どこかみすぼらしく取るに足りないものであることが多いものです。

 

そうしたものに、心を開き、助けを受け容れられることも

 

英雄の重要な要素です。

 

これまで親しんだ場所を離れ、異界に入るとき、

 

最初の境界を守るものとの対決があり、

 

自分の限界を超えることによって、その突破が起こります。

 

こうして英雄は、次のイニシエーションのステージへと入っていくのです。

2019年02月08日 03:16

“May the Force be with you!”(フォースと共にあらんことを!)

天の川

スターウォーズと英雄伝説

 

“May the Force be with you!”(フォースと共にあらんことを!)は、

 

スターウォーズという映画シリーズ好きなら誰でも知っている、有名な名台詞です。

 

このスターウォーズ・シリーズは、

 

ジョージ・ルーカスの構想に基づいた、スペース・オペラですが、

 

1977年のスターウォーズ エピソード4を皮切りに旧三部作が公開された後、

 

今もまだ続編が創られています。

 

そのジョージ・ルーカスが、

 

スターウォーズの構想を練るのにあたり影響を受けたのが、

 

Joseph Campbell(ジョゼフ・キャンベル)です。

 

ジョゼフ・キャンベルはアメリカの神話学者で、

 

彼の授業に出て感銘を受けたジョージ・ルーカスは、

 

後に、キャンベルの神話論の英雄伝説の基本構造をもとに、

 

スターウォーズという現代の神話を描き大ヒット作となりました。

 

ダース・ベイダーという現代人

 

そのスターウォーズに出てくるキャラクターの一人、

 

ダース・ベイダーという悪役がいます。

 

そのダース・ベイダーについてキャンベルは著書のなかで、

 

次のように言っています。

 

「ダース・ベイダーは自分の人間性を発達させてなかった。

 

彼はロボットだった。自分自身の意志ではなく、

 

押しつけられたシステムに従って生きる官僚だった。」

 

つまり、悪とは積極的なものではなくて、

 

押しつけられたシステムに盲目的に従ってしまうときにも起こるのです。

 

ユダヤ人で自身も迫害を受けたドイツの哲学者、

 

ハンナ・アーレントもまた同じことを述べています。

 

ナチスドイツの重要なポストにあり、

 

ユダヤ人の強制収容所への移送などに関わっていた

 

アドルフ・アイヒマンを裁くための裁判を傍聴したアーレントは、

 

そこで見た実際のアイヒマンに衝撃を受けます。

 

彼は決して愚かな人間でも極悪人でもなく、

 

有能で職務に忠実な官僚的人間だったのです。

 

彼はナチスに忠誠を誓い、命令を実行していたに過ぎなかったのです。

 

そのことをアーレントは、「悪の陳腐さ」と表現しました。

 

これは、現代人みなにとっての危険であり、

 

与えられた役割を忠実に守ることに誇りを感じる

 

私たち日本人にとって、とても怖い話しではないかと思います。

 

では、どうしたら自分自身も気付かないうちに、

 

この「悪の陳腐さ」に陥ってしまうのを避けられるでしょうか。

 

キャンベルは次のように言っています。

 

「自分の置かれた時代に人間らしく生きるすべを学ぶことです。」

 

「ルーク・スカイウォーカーがしたように、

 

システムがあなたをロボット扱いしようとするのを拒否することです。」

 

それは、決して簡単なことではありません。

 

多くの方が、会社や学校、家庭など、

 

自分の属する組織の求めることと、

 

自分自身の内なる声のあいだに、

 

葛藤を抱えながら生きていることと思います。

 

そんな葛藤を持っている時点で、

 

その人は既に英雄ではないかと、私は思います。

 

“May the Force be with you!”(フォースと共にあらんことを!)は、

 

そんな現代を生きるすべての英雄への、

 

激励のメッセージではないでしょうか。

2019年02月02日 22:20

アルテミス・ウーマン

鹿

神話の役割

 

元型心理学の創始者であるジェイムス・ヒルマンは、

 

神話について次のように言っています。

 

「神話の研究は、出来事がそれの神話的な背景に照らして認識されることを可能にする。

 

しかしながら、それよりも重要なことは、神話の研究によって、

 

魂の生活を神話的に知覚し経験することが可能になることである。」

 

そのクライエントさんは、ドイツ人の女性でした。

 

(ご本人の承諾を得て、個人情報は伏せた上で書いています)

 

彼女は、幼少期からとてもボーイッシュで、自立心旺盛な子どもでした。

 

男性に対して強い競争心怒りを持っていて、

 

女性を見下したり、単なる性的な存在として扱うような男性には、

 

烈火のごとく怒りをあらわしていました。

 

自分の人生における目標が明確で、

 

その目標に向けて次々に行動を起こしていきます。

 

物事を計画し、コントロールしないといられないところもありました。

 

彼女の悩みは、男性含め人と親密な関係を持てないということでした。

 

近くにいる人ほど、冷たく、嫌な対応をしてしまうのでした。

 

アルテミスとアクタイオーン

 

そんな彼女の魂の生活の背後には、処女神アルテミスがいました。

 

アルテミスは、ギリシャ神話に登場する処女神で、

 

狩猟を司る女神でもありますから、

 

狙った獲物は逃さず仕留めていきます。

 

森のなかの泉で水浴しているところを、

 

たまたま通りかかったアクタイオーンに見られたアルテミスは怒り狂い、

 

アクタイオーンを鹿の姿に変えてしまい、

 

彼が連れていた犬に襲わせて殺してしまいます。

 

そんなアルテミスと同様に、

 

アルテミス・ウーマンもまた、

 

自分の弱い面、素顔を見られることを恐れ

 

彼女のこころの柔らかいところに踏み込んで来る者には、

 

怒りという形で追いやらずにはいられませんでした。

 

そのクライエントさんは、長い時間をかけて

 

彼女のなかにいる「内なる少女」に出会っていきました。

 

その少女こそ、アルテミスが守っていた存在です。

 

アルテミス・ウーマンは、

 

自分もまた人を必要としていることを認識することで、

 

変わっていきます。

 

2019年01月29日 17:28

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