心理学の発展について、またマズローの欲求階層説についてアップしましたので、コチラでもご紹介します。
心理学の大きな流れ・4大勢力についてはコチラ→心理学の大きな流れ・4大勢力
アメリカの心理学者、アブラハム・マズロー(1908—1970)は、プロフェッショナル人生をかけて「人生の意味」について探求した心理学者です。
そして、人間が持つ「成長したいという欲求」を明らかにして、心理学の第3の勢力である人間性心理学を牽引しました。
そんなマズローが、1943年彼が35歳の時に”A Theory of Human Motivation”(人間の動機づけに関する理論)を発表し、欲求の段階説を提唱しました。
この理論で、マズローは人間の行動のモチベーションの基礎を作る、5つの核となる欲求を指摘します。
① 生理的欲求 → 食べたい、飲みたい、眠りたい
② 安全の欲求 → 自分の身の安全を確保したい
③ 愛と所属の欲求 → 集団に属したい/愛されたい
④ 承認欲求 → 自分の価値を認められたい
⑤ 自己実現欲求 → 自分の持っている可能性を発揮したい
マズローは「人間は自己実現に向かって絶えず成長する」と仮定し、この5つの欲求は、1番から順に現れて、その欲求が完全にではなくてもある程度満たされることで、次の欲求が現れると考えました。
つまり、食べるものや水が無い状態、眠れないような状態では、それを手に入れることが第一優先となり、「周囲の人から認められたい」といった承認欲求は出てこないということになります。
(ただ、晩年のマズローはこの階層的に欲求が現れるということを否定したという説もありますし、近年ではこれらの基礎的な欲求についての見直しも行われています)
そしてこの5つの欲求のうち、5番目の自己実現欲求を「成長欲求(growth need)」と呼び、それ以外の1から4までの欲求と分けました。
1から4までの欲求は、「欠乏欲求(deficiency needs)」と呼び、それが満たされない時、足りないと感じる時には、不満感、苦しみ、不足感を感じるものです。
例えば、病気、飢餓感、孤独、自己不信といったものは、この欠乏欲求が満たされないことによる副産物です。
一方で、成長欲求はあなたを幸せにしてくれるものですが、それが満たされないからといって苦しみは生み出しません。こうして、マズローはこの1から4までの基盤となる欠乏欲求が満たされた時に、自己実現欲求が優先されると言います。
ですからマズローの説によると、「自己実現欲求」を満たして幸せになるには、まずは1から4までの欲求をちゃんと認めて、それを満たすことが優先だと言うことになります。
ただ面白いことに、一度4番目までの基盤となる欠乏欲求をきちんと満たした経験があると、この欠乏欲求が満たされないことに対して耐性ができるといいます。そのため、この4つが満たされないような状況でも、自己実現のために活動することができるようになるのです。
マズローは、上位の欲求は下位欲求が満たされることで出現すると考えましたが、実際にはそうした順番通りに行かないことを経験されている方も多いのではないでしょうか。
例えば、愛と所属の欲求は満たされているのに、仕事が安定しないことによって、あるいは健康を害してしまったことで安全欲求が満たされないこともあります。
あるいは、周囲の人と本当に深い信頼関係で繋がったり、受け入れられている感覚を感じられないまま、つまり愛と所属の欲求が満たされないままに、それを埋め合わせるように、承認欲求を満たそうとしたり、自己実現に走ってしまうこともあるでしょう。
もちろん、だからと言ってそれが悪いわけではありませんが、自分が本当に満たそうとしている欲求は何なのか、穴が空いてしまっている欲求は何なのかを、マズローの欲求から振り返ってみることは大事かも知れません。
これらの欲求は、全て満たされている人が価値があるとか、人間として上だというようなものではもちろんありません。全ての欲求を満たすことが出来ないような状況に置かれていることもあると思います。
ただ、やはりこれらの欲求は、無視したり、軽視するのではなく、認めて、引き出して、満たしてあげることによって、より健康に、そして幸せな気持ちを感じられることには違いありません。
また、これらは人と比べるようなものではありません。例えば、自分の置かれた状況のなかで「安全」だと感じられるために今の自分に出来る小さな事をしてみる、人との繋がりを感じるために今、自分の周囲にいる人を大事にしてみたり心を開いてみる、承認欲求を満たすために、小さなチャレンジをしてみる。
今の自分にとって可能な事を少しずつ、を積み重ねていく事で、そうした欲求を自分なりに満たして行ってあげることは出来るのではないかと思いますし、その姿勢が重要ではないかと思います。
では、自己実現欲求が満たされるとどうなるのでしょうか?そこで終わりでしょうか?
実は、マズローは晩年に、5番目の「自己実現の欲求」の後に⑥「自己超越の欲求」と言うものを付け足しました。
本来マズローは5番目の「自己実現」の中に「至高体験(Peak experience)」という概念を含めていました。
至高体験とは、日常的な意識とは異なる変性意識状態であり、マズローは”至福と達成感の瞬間”(moments of highest happiness and fulfillment)と表現しました。
また、それは"稀で、刺激的で、大洋のようで、深く感動的で、爽快で、高揚感のある体験で、現実を知覚するための高度な様式を生み出し、実験者に与える影響は神秘的で魔法のようなものでさえある" (”rare, exciting, oceanic, deeply moving, exhilarating, elevating experiences that generate an advanced form of perceiving reality, and are even mystic and magical in their effect upon the experimenter.”)と言っています。
そこに暗示されているのは、この至高体験が小さな自分というものが溶解していくような、自己超越的なものであるということです。
つまりマズローは最初から自己実現の中にこうした自己超越的な体験を含めていたのですが、自己実現欲求が様々な人や領域で注目されるにつれて次第に単純化されていってしまったという背景があるのです。
自己超越の重要性についてマズローは、こんな風に言います。
“超越とは、手段というよりも目的として、自分自身、重要な他者、人間一般、他の種族、自然、コスモス(宇宙)に対して、行動し関わる、非常に高く最も全体的な、あるいはホリスティック(包括的)な人間の意識のレベルを指します。”
“Transcendence refers to the very highest and most inclusive or holistic levels of human consciousness, behaving and relating, as ends rather than means, to oneself, to significant others, to human beings in general, to other species, to nature, and to the cosmos” .
「自己超越欲求」については、後ほど、各欲求を一つずつ見ていくときにまた詳しく紹介します。
それでは、ここからは、それぞれの欲求を一つずつ見てみます。
① 生理的欲求(Physiological needs)
ここには生き物としての、もっとも基礎的な身体的・生理的・本能的欲求が入ります。いわゆる3大欲求と呼ばれる、食欲、睡眠欲、性欲だけでなく、呼吸、水分、休息、排泄に対する欲求も、この生理的欲求に該当します。
水の中で溺れそうになっている人は、酸素、呼吸することを求めて、無我夢中でもがくように、呼吸ができなくてはそれ以外のことは何も考えられないくらいの重要な欲求です。これらの欲求を、きちんと満たすことが全ての出発になります。
② 安全の欲求(Safety needs)
生命のベースとなる生理的欲求が満たされると、次に出てくるのは「身の安全を確保したい」という欲求です。
これは、普段、平和な日本で生活を送っている方にはピンとこないかも知れませんが、災害にあった時など急にそれらは切実な欲求となりますし、収入が安定しない仕事をされている方は「安定した仕事に就きたい」と感じる時には、この「安全の欲求」がモチベーションになっています。
急に仕事を失ったり、様々な事情で仕事や家を失ってしまった方にとっては、自分の身を安全に守れる場所の確保、経済的な安定が一番の優先事項になります。それが得られない状況の中で、「どうやったら自分の可能性を最大限に発揮できるだろうか」という欲求は出現しないのです。
また、この「安全の欲求」には「感情的な安定」「健康の安心・安定」といったものも含まれますので、精神的な病を抱えていたり、身体的な病気になってご自分の健康に不安を感じている方にとっても、この安全感・安心感が満たされていないと感じるでしょう。
③ 愛と所属の欲求(Love and belonging needs)
さて、生理的欲求、安全の欲求が安定して得られると、次に出現する欲求は「愛と所属の欲求」です。
この欲求は、社会的欲求と呼ばれることもありますが、例えば、同僚のチームに属することから、組合、クラブあるいは趣味のグループなどの一員として受け入れられていると感じる時に「自分が社会に必要とされている、果たせる社会的役割がある」という感覚が得られ、この欲求は満たされます。
また、他者に受け入れられている、どこかに所属し、そこで受け入れられているという感覚も「愛と所属の欲求」が満たされるのに重要ですが、例えば、それらは友情、家族(両親、兄弟姉妹、子供)、夫婦・パートナーとの間に身体的・感情的な親密さ、絆が感じられることによって満たされます。
④ 承認欲求(Esteem needs)
ここからは、自我(エゴ)によって突き動かされる欲求となります。
承認欲求の主な要素は、自己肯定感(自分は価値がある存在で尊重を受けるに値すると信じられること)と自尊心(自己成長と何かを達成する可能性に自信が持てること)です。
承認欲求には、2つのタイプがあるとマズローは言います。
一つは他者からの尊敬や承認に基づく自尊心、そしてもう一つは、自己信頼感や自律性を得ることで出現する自尊心で、他者からの評価よりも自己評価に基づくものです。
◽️ 他者からの尊敬や承認に基づく自尊心・・・他者からの評価、地位、他者との比較による優越、名誉といったものを求める欲求
◽️ 自己評価に基づく自尊心・・・スキルの熟達、自己の能力への自信、何かを達成すること、自由と独立といったものを求める欲求
⑤ 自己実現欲求(Self-actualization needs)
こうして1から4までの欠乏欲求が満たされた時に、優先される欲求が
自己実現欲求です。
自己実現欲求とは、自分の持つ人としての最大限の可能性を発揮したい、それを具現化したいという欲求です。
マズローは自己実現の欲求について、こんな風に言います。
”自分自身、最高に平穏であろうとするなら、音楽家は音楽をつくり、美術家は絵を描き、
詩人は詩を書いていなければいけない。人は、自分がなりうるものにならなければいけない。人は、自分自身の本性に忠実でなければならない。このような欲求を、自己実現の欲求と呼ぶことができるであろう”
マズローは自己実現を果たしたと思われる個人を研究し、自己実現者に見られる共通の特徴を見出しました。彼が研究した人の中には、アブラハム・リンカーン、トーマス・ジェファーソン、アルバート・アインシュタインなどがいます。
マズローがMotivation and Personality(『動機と人格』)の中で挙げた自己実現者の特徴のうち、主要なものをあげてみます。(訳は筆者によるものです)
1) 自己実現した人は、未知のものや曖昧なものを受け入れる
Self-actualized people embrace the unknown and the ambiguous.
2) すべての欠点と一緒に自分自身を受け入れる
They accept themselves, together with all their flaws.
3) 目的地だけでなく、旅を優先して楽しむ
They prioritize and enjoy the journey, not just the destination.
4) 本質的に型にはまらないが、ショックを与えようとしたり、邪魔をしようとはしない
While they are inherently unconventional, they do not seek to shock or disturb.
5)欲求を満たすことではなく、成長によって動機づけられている
They are motivated by growth, not by the satisfaction of needs.
6) 自己実現した人には目的がある
Self-actualized people have purpose.
7) 些細なことで悩まない
They are not troubled by the small things.
8) 自己実現した人は感謝している
Self-actualized people are grateful.
9) 少数の人々と深い関係を共有しているが、全人類に対する一体感と愛情も感じている
They share deep relationships with a few, but also feel identification and affection towards the entire human race.
10) 自己実現している人は謙虚である
Self-actualized people are humble.
11) 自己実現した人は周りの文化に組み込まれることに抵抗する
Self-actualized people resist enculturation.
12) にもかかわらず、自己実現している人は完璧ではない
Despite all this, self-actualized people are not perfect.
注意したいのは、これらの記述は「自己実現者になるためのチェックリスト」ではありませんし、これらを全て満たしていないと自己実現者にはなれないというようなものでもありません。
⑥ 自己超越欲求(Self-transcendence needs)
1971年に出版されたマズローのThe Farther Reaches of Human Nature(『人間性の最高価値』)という本の中に、”Theory Z”(Z理論)という章があります。
その書き出しは、こうです。
“私は最近、自己実現している人々を二種類(あるいはより良いもの、度合い)に区別することがますます有用であることに気がついたのです。明らかに健康ではあるが超越の経験をほとんど、あるいは全くしていない人々と、超越的な経験が重要であり中心的でさえある人々です。”
“I have recently found it more and more useful to differentiate between two kinds (or better, degrees) of self-actualizing people, those who were clearly healthy, but with little or no experiences of transcendence, and those in whom transcendent experiencing was important and even central.”
冒頭でも書いたように、マズローが晩年になって自己実現した人々の中にさらに二種類の人々の違いを区別し、自己実現欲求の次に来るものとして追加したのが自己超越欲求です。
そして、自己実現者と自己超越者の最も大きな違いとして挙げたのが「至高体験」の重要性、「在ること」への認識、そして「高原体験(plateau experience)」です。
(*「高原体験(プラトー体験)」とは、至高体験よりも、感情的ではなくより穏やかで静かな、自発的に体験できる、驚異や一体感、「在ること」の価値に対する反応としてマズローが名付けたものです。
では自己超越における次元として重要視した「至高体験」について、もう少し見てみます。マズローは、至高体験をこんな風にも表現しています。
“ビジョンに無限の地平が開けていく感覚、かつてよりも力強く同時に無力になっていく感覚、大いなる恍惚感と驚異と畏敬の念、時間と空間における定位の喪失感、最後に、非常に重要で貴重なことが起こったという確信を得て、その対象者はこのような体験によって、日常生活においてもある程度変容し、強化されていく。”
"feelings of limitless horizons opening up to the vision, the feeling of being simultaneously more powerful and also more helpless than one ever was before, the feeling of great ecstasy and wonder and awe, the loss of placing in time and space with, finally, the conviction that something extremely important and valuable had happened, so that the subject is to some extent transformed and strengthened even in his daily life by such experiences.”
ここで、マズローがTheory Zの中で、自己実現者にはあまり見られずに、自己超越者によく見られる特徴としてあげた24の特徴を見てみます。(訳は筆者によるものです)
1) 至高体験と高原体験が人生で最も重要なものとなる
2) さらりと、普通に、自然に、そして無意識で「在ること(Being)」の言葉で話す
3) 彼らは一体的に、あるいは聖なるものとして物事を知覚する(すなわち、世俗的なものにおける聖なるものを知覚する)
4) より意識的に、より意図的に高次のものへ動機づけられている
5) 超越者は互いに認識しあい、初対面でもすぐに打ち解けて親しくなる
6) 美に対して反応しやすく、、全てのものを美化する。より容易に美を見つける
7) 世界について、よりホリスティック(包括的)である。超越者は人類やコスモス(宇宙)は一つであるという風に、より容易に、より柔軟に、より自然に考える
8) 精神間、対人間、文化間、そして国家間において自然とシナジー(相乗作用)する傾向がある、、、相乗作用は、自己中心と非自己中心という二分法を超える
9) より多く、より容易にエゴ(自我)、自己、アイデンティティを超える
10) 愛すべき人たちであり、、、より畏敬の念を起こさせる
11) 革新者、新しいものの発見者になりやすい、、、存在価値の明確なビジョンをもたらす
12 ) 健康な人よりもあまり「幸せ」ではないという漠然とした印象、、宇宙的な悲しみ、あるいは存在の哀しみ、、おそらくこれは、超越者たちがとても簡単に、とても鮮明に見ることができ、原理的にはとても簡単に達成可能な理想的な世界と、実際の世界の対比から来ている、、どんな超越者も、座って5分で全く現実的に実現可能な平和、兄弟愛、幸福のためのレシピを書くことができる
13) 彼らは容易に欠乏と存在の両方の領域に同時に住むことができる、、一人一人の人間のこの神聖さを、生きとし生けるものでさえも、また生きとし生けるものでない美しいものでさえも、超越者は一瞬たりとも忘れることができないほどに、その現実を容易かつ直接的に認識している
14) 超越者は知識の増加と神秘性と畏怖の増加の間に、通常の逆相関関係よりもむしろ正の相関関係を強く示している
15) 超越者は他の自己実現者よりも「変人」や「変わり者」を恐れていないはずで、それゆえにクリエーター(時々変人や変わり者に見える)の良い選別者になる可能性が高い
16) 必要悪を理解している感覚において「悪と和解」している、、悪に対するより大きな同情と、悪に対するアンビバレントではない不屈の戦いの両方を生み出す
17) 彼らは自分自身を、才能の担い手、超越者の道具、いわば大いなる叡智や技術、リーダーシップや効率性の一時的な管理人と見なす、、「トランスパーソナル」な自我の喪失
18) 有神論的または無神論的な意味での深遠な「宗教的」または「霊性的(スピリチュアル)」な経験をする傾向がある
19) 自我、自己、アイデンティティを超越して、自己実現を超えていく方が簡単だと感じている
20) より多くの終わりの体験(そのようなもの)
21) 超越者はよりタオイスト(道教)的である。、、存在認識は、すべてのものをより奇跡的に、より完璧に、あるべき姿のままに見せる
22) ポストアンビバレント、、、完全な心のこもった無制限の愛、受容、表現力
23) 金銭は豊かさと人格の成熟度が増すにつれてその重要性が着実に後退していく一方で、より高い形態の報酬やメタ報酬は着実にその重要性を増していく、、、自己実現している人の大部分は、とにかく仕事と遊びを融合させている、、、彼らの中には、とにかく趣味でやっているであろうこと、つまり本質的に満足できる仕事をしていることでお金をもらっている、、、超越者は至高体験や存在認知をより可能にする仕事を積極的に探している、、超越者は歴史を通して、自然にシンプルさを好み、贅沢、特権、名誉、所有を避ける
24) 超越者はシェルドンの外胚葉型であることが多いように見える
自己超越者の24の特徴の全文についてご興味のある方は、コチラでご覧下さい→マズローの欲求の階層説
2020年07月28日 19:00