75年間のハーバードの研究成果からみる「満たされた人生」の秘密
コロナ禍がもたらしたロックダウンによって、世界中で家庭内暴力、DVの増加が問題になっています。イギリスでは、全国家庭内虐待ヘルプラインのサイトへのアクセスが、過去2週間で10倍に増加したことがBBCのニュースになりました。
日本は、そこまで厳しい外出規制はありませんでしたが、自粛生活の中で家族と過ごす時間が増えたことでコミュニケーションの問題を感じた方、ストレスを感じた方も多かったと思います。
また、一人で生活されている方は、そのことによる不安や孤独を感じたという声も聞こえてきました。
コロナ禍によって、私たちは、周囲の人との人間関係、関わり方を改めて見つめることになったのではないでしょうか。
そこで、今回のブログでは、人間関係を考えるヒントを、75年間という稀に見る長期の研究のなかで明らかにされた、幸せな人生の秘密から考えてみたいと思います。
ハーバード成人発達研究とは
この研究は、「史上最も長期に渡って成人を追跡した研究」です。研究が開始されたのは、何と第二次世界大戦よりも前の1938年です。そこから75年もの長期間にわたり、2つのグループの724人の「身体の健康」と「心の健康」の状態を追いかけ続けました。(このブログは数年前に行われた講演をベースに書きましたが、2020年現在は80年以上に渡る研究となっています)
研究の目的は、「幸福と健康の維持に本当に必要なものは何か」を明らかにすること。
対象となった2つのグループのうち、1つは456人のボストンで経済的に恵まれない環境で育った人たちで、もう1つは268人のハーバード大学を卒業した、いわゆるエリート達です。
つまり、調査の対象となった被験者たちは、様々な社会階層のひとが含まれているということです。また、経済的に困窮した状態から抜け出した人もいれば、病気になったり、様々な事情で逆の道を辿っていった人もいました。
研究者たちは、血液サンプルの分析、脳スキャンといった科学的な調査と、被験者のアンケートの回答、家庭訪問などの調査によって、彼らの仕事や家庭生活、健康状態を記録し続け、調査結果を分析し、その結果をまとめてきました。
幸福な人生のたった一つの重要な秘密
75年に渡る「史上最も長期に渡って成人を追跡した研究」の幸福と健康の維持に必要なものは何かという結論は、とてもシンプルです。それは、富でも、名声でも、必死に働くことでもありませんでした。
この研究の4代目の責任者である心理学者のロバート・ウォールディンガー教授は、講演の中でこう言っています。
"The clearest message that we get from this 75-year study is this: Good relationships keep us happier and healthier. Period."
「75年間におよぶこの研究が明確に示しているポイントは、良い人間関係が私たちの幸福と健康を高めてくれるということです。これが結論です」
研究が示したことは、家族、友達、社会のコミュニティとつながっているほど、身体的な健康度が高く長生きで、幸福度も高かったということです。逆に、孤独は"toxic"(有害)であることが分かりました。
ただ、ウォールディンガー教授は指摘しています。
"And we know that you can be lonely in a crowd and you can be lonely in a marriage, so second big lesson that we learned is that it's not just the number of friends you have, and it's not whether or not you're in a committed relationship,”
「しかし群衆の中や、結婚生活の中でも孤独を感じることはあります。つまり、2つ目の我々が学んだ大きな学びは、大切なのは友人の数ではないということ、交際相手がいるかどうかでもないということです。」
では、何が重要なのでしょう。
"It's the quality of your close relationships that matters."
「大事なのは、身近にいる人たちとの人間関係の質なのです」
人間関係の質、とはどういうことでしょう。それは温かく、親密な関係性があるかどうかです。信頼し、安心して、互いに頼り合えると感じられるかどうか。
ただ、ウォールディンガー教授は、それが簡単なことだと言っている訳ではありません。むしろ、それは昔から言われてきたことなのに皆がその価値を無視していると言います。
「親密で良い関係は、包括的に私たちに益となっているという教えは今に分かった事ではありませんね。何故そんな関係は築き難く、無視され易いのでしょう。誰もそうですが、私たちは手っ取り早く手に入れられる、生活を快適に維持してくれるものが大好きです。人間関係は複雑に込み入っています。家族や友達との関係をうまく維持して行くのは大変な仕事です。その地道な努力は地味で、その上その仕事は一生続くものです。終わりはありません。。75年間に渡る研究で、定年退職後一番幸福な人は仕事仲間に代わる新しい仲間を自ら進んで作った人達です。」
教授が指摘しているように、質の高い人間関係は、築くのは簡単ではなく手っ取り早くは手に入らないものです。地道で地味な努力を要するもので、ずっと維持していく必要があるものなのです。
人間関係は、まるで生き物のようです。そこにエネルギーを割いて、栄養を注がなければ枯れて、死んでいってしまいます。
最近のミレニアム世代に行われた調査では、80%の若者が人生の目的はお金持ちになることと回答し、50%の若者はもう一つの大きな目的は有名になることと回答したそうです。人生のゴールが、お金持ちになって、有名になることだと思っていれば、当然、そこにエネルギーも時間も使い、質の良い人間関係を築くことは後回しになってしまうでしょう。けれど、それでは幸せを手に入れることは出来ないというのが、この研究が教えてくれていることなのです。
「最近の調査での新世紀世代のように、この研究の参加者の多くは、彼らが青年期に入った時、名声や富や業績が良い生活をするには必要なものだと、本当に信じていましたが、75年もの間我々の研究で繰り返し繰り返し示されたのは、最も幸せに過ごして来た人は、人間関係に頼った人々だという事でした。それは家族、友達やコミュニティだったり様々です。」
では、そうした「良い人間関係」、温かく親密な信頼関係を身近な人と築くにはどうした良いのでしょうか。
良い人間関係を築くために
周囲の人と良い人間関係を築きたいのに、相手を信頼して心を開けなかったり、攻撃してしまうこともあります。あなたと良い人間関係を築こうと誰かが近づいてきたとしても、どうやって親密な関係を築いて良いのか分からずにそれを遠ざけてしまったり、それを失うことを恐れて自分から離れてしまうこともあり得ます。
ハーバード成人発達研究の2004年までの責任者であったジョージ・バイラント教授は、「愛を遠ざけずに人生に対処する方法を見つけること」の重要性を強調しています。
それは自分の感情やストレスを適切に対処する方法を身につけていくことが大事だということです。また、そうするためのサポートを求めていくということでもあります。それはセラピストやカウンセラーかも知れませんし、自己成長グループや、社会的なサポートグループかも知れません。
多くの方が「親密な人間関係が築けない」「人が近づくと遠ざけてしまう」「人を信頼できない」と言ったテーマを持ってカウンセリングを開始します。
自分自身の心の傷やマインドセット、小さな頃に学んだ世界や人や自分自身に対するビリーフ(信念)が、人を信頼し、心を開き、人に頼ることを邪魔してしまうことがあるからです。そうしたトラウマやビリーフは浅いものであれば、人間関係のなかで癒されたり解消されることもありますが、深いものであれば、やはりセラピーやカウンセリングが必要だと思います。
また、そうした良い人間関係を築くには、それが可能な相手がどうかということも重要なポイントです。
一生懸命に良い関係を築こうとする家族や友人、パートナーが、様々な要因で人格的な障害を持っていたりすれば、その相手もセラピーなどを受けて変わるまでは難しいと言わざるを得ません。もし、相手にその準備が無いと感じたらその相手とは適切な距離を持って、あなたと良い関係を築くことができる相手を探す必要があるのです。
温かく、親密で、互いに信頼できる人間関係を築くには、完璧な人間である必要はもちろんありません。けれど、自分も相手もある程度、オープンで内省的であるということが大事ではないかと思います。
オープンであるとは、良いものも悪いものも自分の感情に対して開かれていることです。それを受け止めて適切な表現をすることができることです。自分の弱さやダメなところを必死で隠すのではなく、リラックスして自分らしく居られることです。
内省できるとは、自分を振り返る心のスペースがあることです。完璧じゃない私たちが、相手を傷つけたり至らないところがあれば、相手の立場になってその痛みを知り、自分の振る舞いを反省して成長していけることです。
そうした地道な努力は、手っ取り早くも簡単でもありませんが、私たちを本当の「満たされた人生」に導いてくれるものだということを、この研究は教えてくれています。