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天岩戸神話とコロナ明け

天照大御神

枝年昌 / Public domain

日本では、ようやく非常事態宣言が解除されました。ホッとされている方も多いのではないかと思います。

 

けれど、いま、精神科医や心理士など、多くのメンタルヘルスに関わる人たちが気にかけていることがあります。

 

それは、「荷下ろしうつ」と呼ばれるものです。

 

荷下ろしうつとは、一生懸命に頑張った後に、ドッと疲れが出ることで生じる抑うつ症状のことです。

 

通常、頑張っている最中というのは、必死なものですから疲労に気づきにくくなります。

 

また、ストレス反応には①警告期、②抵抗期、③疲はい期、という三段階があって、ストレスを感じてから直後は様々な身体的・精神的なストレス反応がありますが、少し経つと一時的に抵抗力が強まって、何事もなかったかのように過ごせてしまいます。けれど、その状態が長期化すると、一気にダメージが押し寄せてくるのです。

 

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緊急事態宣言発令中は、皆さん、意識的、無意識的に強い緊張を感じていたことと思います。

 

気にしなければいけないこと、やらなければいけないことが急に増えて限界を感じながらも、自分がやるしかないと走り続けた方も多かったことと思います。

 

睡眠不足や体のだるさや痛みをぼんやりと感じながらも、それどころではないと頑張って来られたと思います。

 

そうして抱えてきた疲労が、気が緩むことで一気に押し寄せて来るのが今の時期です。

 

 

けれど、どうぞこれをネガティブに捉えないでください。これは私たちの命を守る、とても大事なサインなのです。

 

何のサインかというと、「あなたは十分頑張りました」というサインであり、「あなたには休息、セルフケアが必要」というサインです。

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もしも睡眠時間が確保できていなかった方は、まずは眠りましょう

 

神経が高ぶってしまって眠れない場合には、市販の睡眠導入剤などの助けを借りる方法もありますし、メラトニンという睡眠ホルモンが夜にしっかりと放出されるように、朝の光を浴びるようにして、夕方以降は家の中の明かりを少し薄暗くしておくのも大事です。

眠る前に、濡れたタオルをレンジで温めてホットタオルを作って目の周りを温めることで副交感神経が優位になりリラックス出来ますし、皮膚温が上がることで、カラダの熱の放熱が促されて眠気も感じやすくなります。

 

 

また、カラダの筋肉の緊張をほぐしていくために出来ることもやってみてください。

 

筋肉にはフィードバックシステムがあり、筋肉に力が入って緊張していると、自律神経に影響を与えます。

 

ですから、出来るだけ筋肉の緊張をゆるめていくことが重要です。

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首や肩の緊張奥歯の噛み締め腕の緊張お腹の緊張など、ストレスを感じると力が入りやすい部位を中心にゆるめていきます。

 

入浴剤などを入れてぬるめのお風呂に浸かるのも良いですし、先ほど同様、濡れたタオルをレンジで温めたホットタオルで首や肩を温めることで血流を良くする方法もあります。

ストレッチで伸ばしたり、マッサージなどでもみほぐすのも良いです。

 

そして、忘れてはいけないのが、心の緊張を解くこと

 

そのヒントを探るために、日本の神話である天岩戸神話を見てみたいと思います。

 

 

天岩戸神話

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Public domain
 

古事記には、弟である速須佐之男命(はやすさのおのみこと)が乱暴を働いたことを見て畏れた天照大御神(あまてらすおおみかみ)が、天岩戸に引き篭もってしまうことで世界が闇に包まれてしまう、という神話が出てきます。

 

太陽神である天照大御神が隠れてしまったことで、天上世界である高天原(たかあまのはら)は暗黒となり、地上の葦原中国(あしはらのなかつくに)も、真っ暗闇になってしまいます。

 

夜ばかりが続き、神々の騒がしい声がまるで五月の蝿のようにみち広がり、万物の災いがいっせいに起こります。

 

困った八百万の神々は高天原の河原に集い、どうしたものかと相談し、様々な儀式を行うことにしました。

 

と、勾玉で出来た一連の数珠を作らせ、榊(さかき)の木の枝に、その鏡と数珠と祭具を垂らして下げ立派な捧げものとして奉り、祝詞をとなえます。

 

天手力男神(あめのたぢからおのかみ)という怪力の神さまが岩戸のそばに隠れて立ち、

 

天宇受売命(あめのうずめのみこと)は、桶をふせてその上に乗り、神がかったように胸をあらわにし、裳という腰から下の衣服を陰部まで押し下げて踊ります。

 

するとそれを見た八百万の神々は、高天原が鳴り轟くように一斉に笑いました。

 

岩戸の外の盛り上がりを不思議に思った天照大御神は、思わず岩戸を少し開けてしまいます。そして天宇受売命に、「なぜ天宇受売命は舞い遊び、八百万の神々は笑っているのか」と問います。

 

天宇受売命は、「あなた様よりも貴い神がいらっしゃっているので、喜び、笑い舞い遊んでおります」と答えると、別の神様が先ほどの鏡を差し出します。

 

鏡に写った自分の姿をその貴い神だと思った天照大御神は、ますます不思議に思い、そろそろと岩戸の戸口から出てきたところを、そばに隠れていた天手力男神がその手を取って引き出してしまいます。

 

こうして無事に世界は、光を取り戻したのです。

 

笑い、好奇心、太陽の光

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さて、「笑う」は、「割る」に通じるものです。

 

岩戸を破り、闇を割ることが出来たのは、笑いです。

 

この天岩戸神話と共通したモチーフは、ギリシャ神話にも見られます。

 

ペルセポネーを冥界の王ハーデースにさらわれた豊穣の女神であるデメテルは、娘を探してさまよった後に、エレウシスにある井戸のそばに座り込んでしまいます。

 

誰もデメテルを慰めることが出来ずにいるなか、性器を象徴する女神と言われるバウボがきて、卑猥なダンスを踊ると、デメテルがつい笑ってしまうのです。

 

神話学者のキャンベルは、これを「卑猥さやわいせつ性が、これまでとは別の視野を与える」と表現しています。さらに、「こうしてあなたは、でき上がった人間の領域から離れ、創生や再創造の自然力学のなかで、悲嘆という束縛から解放されるのです」と言います。

つまり卑猥さやわいせつ性というものには、自己超越させる力があると言うのです。

自己超越とは、時間や空間に制約された生活の現象面を超えた深遠なる存在の本質への超越です。


笑いにもまた、そうした自己超越の力があります。

 

さて、話しが横道にそれてしまいましたが、ここでコロナ明けに話しを戻しましょう。

 

長いこと自粛して篭っていた私たちには、今こそ「笑い」の力が必要ではないかと感じます。

私たちも、この疲労感や抑うつ気分を、闇を「割る」ために、たくさん笑いましょう

もちろん、日常のなかで面白くて、楽しくて笑ってしまう場面があれば、それは素晴らしいことですが、

「笑う時間」を自分で作ることも出来ます。

お笑い番組、落語、コメディ映画などを観る時間を作って、たくさん笑ってください。
 

そして、天照大御神が鏡で自分の光を見たように私たちにも太陽光が必要です。

体内時計をリセットして自律神経を整えるためには、光がもっとも大事な要素です。

晴れて太陽が降り注いでいる日の野外は1万ルクスほどの光量があるのに対して、室内の蛍光灯など光量はその20分の1から10分の1程度しかありません。午前中に出来るだけ外で太陽光を浴びるようにしてお過ごしください。


もう一つは好奇心です。
 

天照大御神は、自分の好奇心によって外に出てきたのです。
 

外の世界の、面白そうなこと、好奇心をそそられることに意識を向けてみてください。

 

2020年05月31日 13:14

瞑想のススメ

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瞑想がなぜ必要?

 

私たち現代人は、絶え間ない外的な刺激にさらされています。

 

目から入ってくる様々な情報、物騒なサイレンやテレビやPCからのノイズ、携帯の着信音、数えたらキリがありません。

 

そうした刺激にさらされる度に、私たちの神経システムが反応し、常に活性化された状態にあります。

 

また私たちの心の内側でも、絶え間なく思考がさまよい、感情が乱れ、落ち着くヒマはありません。

 

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身体的な健康のレベルで言えば、刺激を受けるたびに私たちの交感神経は刺激されて、神経が逆立ちエネルギーを浪費しています。

 

副交感神経が優位なリラックスした状態がカラダや細胞の回復・成長モードだとしたら、交感神経優位の緊張状態では細胞は常にアクティブになり、回復・成長モードに入れない状態です。
 


瞑想によって神経が鎮まり、内面が平静になることで、ようやく細胞は回復の機会を与えられます。

 

また、精神的な側面・スピリチュアルな側面からは、常に意識が外を向いて、何かにとらわれていたり、心の表面に思考や感情のさざ波が立っている状態では、私たちの存在の本質を見る機会もありませんし、見ることも出来ません。

 

湖面が静かになり、まるで鏡のようにクリアになることで、その底にあるものが見えてくるのです。

そのマインドの湖面を静めて、底にあるものを見る手助けをしてくれるのが瞑想です。


そこで今回は、瞑想のメリットとそのやり方を詳しくご紹介します。

 

瞑想から得られるもの

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瞑想とは、意識のコントロールです。

 

内的そして外的な意識の集中をしていくことで、感覚や感情を静めて、神経や精神の苛立ちをコントロールしていくことができます。

 

数万時間に及ぶ瞑想の修行を積んだチベット仏教僧の脳波を解析した研究では、修行に費やした時間に比例してガンマ波という脳波が増加することが分かりました。ガンマ波は、強く集中している際に現れる高い周波数の脳波です。

 

また、前回のブログでも触れたように、僧たちの前頭前野は、より密度が濃くなり、別の脳の部位とのネットワークも強くなっていました。

 

特に、感情の働きに関わる扁桃体と前頭前野の結びつきが強くなっており、瞑想修行を積めば積むほど、感情をコントロールする能力が高まっていることが示唆されました。

 

瞑想には、臨床的にもストレス軽減の効果痛みを和らげる効果うつ病の再発率を低下させる効果などもあることがわかってきています。

 

イギリスで2000年頃からうつ病の治療に応用されたマインドフルネス認知療法という瞑想を取り入れた療法が、日本でもようやく心理臨床の場で取り入れられるようになってきました。

 

2つの瞑想のタイプ

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さて、瞑想の効果やメリットについて説明してきましたが、瞑想は体験です。

 

それは生まれつき目が見えない方に「色」について伝えることができないように、体験するしかないものなのです。

今回は様々な瞑想法の中から、集中瞑想(サマタ瞑想)観察瞑想(ヴィパッサナー瞑想)の二つの簡単なやり方をご紹介しますので是非、実践してみてください。

 

瞑想の種類 方法

集中瞑想

Focussed Attention

対象となる物、イメージ、考え、マントラ、チャクラ、感情などに意識を集中(フォーカス)する

観察瞑想

Open Monitoring

自分の呼吸や、考え、欲求、カラダの感覚などをひたすら気づいて観察(モニタリング)する

 

 

集中瞑想(サマタ瞑想)

 

瞑想の基本は意識の向ける先をコントロールすることです。コントロールとは、集中でもありますので、ある程度の集中力は観察瞑想にも必要です。
 

 

そこで、まず最初に集中瞑想を少し練習してみましょう。


 

1. 呼吸にフォーカスする

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①眠くなってしまわないように背中は真っ直ぐな状態でリラックスして目を閉じて座ります手は太ももの上に置いておくか、おへその前あたりで手の平を上にして重ねて置いておきます。


 

②ゆったりとした呼吸をしながら、呼吸と共に胸やお腹が膨らんだり萎んだりする感覚、鼻から空気が出入りする時の感覚や音などに意識を向けます。

 


③続けていると、だんだんと意識が別のところに向いて行ってしまうので、意識が散漫になったことに気づいて、また呼吸に意識を向け直す、ということを繰り返します。

 


最初は、2~3分から始めて、少しずつ慣れてきたら5分、10分、15分、20分と時間を長くしていきます。


 

2. キャンドルにフォーカスする

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今度は、外にあるモノに意識を集中していく方法です。

①目の前でキャンドルを灯したら、基本の姿勢を取り、キャンドルをひたすらじっと見つめます。

 

②しばらくしたら、目を閉じて、そのキャンドルを心の中でイメージしていき、心の目で見続けます。

 

③こちらも、続けていると意識が散漫になるので、それに気づいて、またキャンドルに意識を向け直す、ということを繰り返します。

 

こちらも短い時間から始めて、少しずつ時間を長くしていきましょう。

 

 

観察瞑想(ヴィパッサナー瞑想)


先ほどご紹介したマインドフルネス瞑想も、この観察瞑想の一つになります。

こちらは、集中ではなくプロセスに意識を向けていくものです。
 

ボーッとリラックスしているような時でも、しっかりと頭の中に生じていることを観察してみると、実は色々なことを考えていたり、おぼろげな記憶の断片的なイメージが浮かんでいたり、「足を動かしたい」「額をかきたい」と言った様々な欲求が浮かんでいたり、内臓や皮膚の様々な感覚が生じていることに気づきます。

 

こうしたとりとめのない、浮かんでは消えていく様々な感覚、思考、イメージといったものに、気づきを向けて、ひたすらモニタリングするのが観察瞑想です。

 

ポイントは、私たちは何かを感じたり、考えたりすると、それに対して「こんな風に考えるのはダメだ」と批判したり良い・悪いの判断をしがちですが、それにも気づいて、「今、◯◯はダメだという考えが浮かんでいたな」と観察することです。

 

生じていることに評価を下すのではなくありのままに観察していきます。


それでは、具体的なやり方です。
 

①基本の姿勢になる

集中瞑想と同様に、眠くなってしまわないように背中は真っ直ぐな状態でリラックスして目を閉じて座ります手は太ももの上に置いておくか、おへその前あたりで手の平を上にして重ねて置いておきます。
 

②呼吸に意識を向ける

先ほどと同様に、呼吸に意識を向けて息を吸ったり吐いたりするプロセスに気づきます。腹式呼吸で息を吸うときのお腹の膨らみと、息を吐くときに萎んでいく感覚に気づきます。
 

③頭に浮かぶ様々な考えをラベリングする

そうして呼吸に意識を向けていると、様々な雑念や、痛みやかゆみとなどのカラダの感覚が気になって来ることがあります。それが出てきたら「頬のかゆみ」「脚の痛み」とラベリングしていきます。出来れば、そうしたカラダの感覚に応じて頬をかいてしまったり、脚を動かしてしまうのではなく、放って置くとそれらは消えてしまうことがありますので、ただ観察してみることが出来るかも試してみましょう。

また、何か未来についてのモヤモヤが出てきたら「不安」とラベリングし、過去についての苦しい記憶が出てきたら「後悔」とラベリングするなど、内面的な雑念にもラベリングをしていきます。
 

④呼吸に意識を戻してあるがままに受け入れる

ラベリングをしたら、それについて良い・悪いの判断を下したり、入り込んだり無理に消し去ろうとすることなく、ありのままに受け入れてみます。このとき、呼吸とお腹の動きに意識を集中させるのがコツです。
 


こちらも集中瞑想と同様に、5分くらいから始めて少しずつ時間を延ばしていきましょう。
 

 

只管打坐 思惑や欲に囚われず、ただひたすらに坐る

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瞑想という習慣を身につけるために、アクションを起こすにはモチベーションが必要です。

 

そのためには、様々な瞑想のメリットを知っておくことは、大きな動機付けになることと思います。

 

けれど、一旦瞑想を始めたら、そうした「何かを求めて瞑想をする」態度は、逆に瞑想の妨げになってしまいます。

瞑想を始めても、初めは何も感じないでしょう。1週間、2週間たっても何の変化も起きないかも知れません。1ヶ月、2ヶ月たっても、カラダの不調も良くならず、心の平安も感じないかも知れません。

「これをしたら◯◯が得られる」という気持ちが強くなりすぎると、直ぐにそれが得られなかったらガッカリしてしまいますし、やる気も失くしてしまうことがあります。

そんな時こそ、道元の「只管打坐(しかんたざ)」という言葉を思い出してください。

 

意味は、ただひたすらに坐ること。


 

道元は、座禅をすること、それ自体が悟りである、と言っています。


成果や結果に執着しない、というのはヴェーダやヨガ、仏教や禅など東洋的宗教の偉大な教えです。


長い目でみてやる必要があることを淡々とやること、それが前頭前野の働きを活性化して意志の力を強化してくれる一番シンプルな方法かも知れません。

 

2020年05月24日 13:00

食べ過ぎのセルフコントロール

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家で過ごす時間が長くなると、ついダラダラと食べ過ぎてしまいますよね。

 

また、ストレスがたまり、食べることが気晴らしや楽しみになっている方も多いと思います。

 

もちろん、こんな状況の中では、そうした気晴らしや楽しみも大事ですが、

過食は腸内環境を荒らし免疫力の低下に繋がる可能性もありますし、

自己嫌悪を感じたり、気持ちも落ち込んでしまいます。

 

そこで今回は、食べ過ぎをなんとかしたいと思っている方のために、そのポイントを心理学の研究からご紹介します。

 

 

必要なのは「強い意志」ではない!?

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「やりたい事をやる」「やりたくない事をやらない」と言うのは、「意志の力」によるものです。

 

食べ過ぎのコントロールでは、「適度に食べる」と言う「やりたい事をやる」、「食べ過ぎてしまう」と言う「やりたくない事をやらない」ための「意志の力」が必要です。

 

でも、「意志の力」と聞くと、ただひたすら我慢する事をイメージしませんか?それは辛いですよね。

 

今回ご紹介する「意志の力」は、そうではありません。

 

私が研究しているサイコシンセシスの創設者であるロベルト・アサジオリは、

 

当時の精神医学、心理学においては全く研究対象となっていなかった「意志」の重要性にいち早く気づき研究した精神科医です。

 

アサジオリは、「意志」には「ただひたすら我慢する」ような「強い意志」だけでなく、

「巧みな意志」と言うものがあるのだと主張しました。

「強い意志」が逆流の川でも負けずに必死に船を漕ぐことだとしたら、

川の流れの方向を理解し、その力を利用して船を漕ごうとするのが「巧みな意志」です。

 

今回ご紹介する食べ過ぎないために使う「意志の力」は、現代心理学の研究成果ですが、

 

これらはアサジオリが指摘した「巧みな意志」に通じるセルフコントロールの方法です。

 

食べ過ぎてしまうのはストレスによる不快感から逃げるため

 

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さて、つい食べ過ぎてしまう時、何となく口さみしくてダラダラと食べてしまうとき、

 

本当にお腹が空いているでしょうか?

 

冒頭で、「ストレスがたまり、食べることが気晴らしや楽しみになっている」と書きましたが、

 

食べ過ぎてしまう時は、お腹が空いたから食べているのではなく、

 

ストレスの解消のために食べてしまっている事の方が多いのではないかと思います。

 

では、ストレス解消って何をしているのでしょう。

 

ストレスを感じると、不安や焦り、モヤモヤ、苛立ち、虚しさといった不愉快な感情を感じ、


それはカラダの不快感を生じさせます。

 

不愉快な感情から逃げるのは逆効果

ストレスを感じた時の、不愉快な感情、カラダの不快感は耐え難いものですよね。

 

けれど、実は多くの人はそれをじっくり感じたことは無いのではないかと思います。

 

不愉快であったり、不快であるために、つい気を紛らわそうとしたり、

 

忘れるためにあれこれしてみたりしてはいませんか?

 

その一つが、食べることではないかと思います。


私たちは、食べることでそれを和らげ、飲み込んでいるのです。


つまりストレスによる食べ過ぎとは、この不快感から逃れるためのものなのです。

 

ところが、心理学の研究が教えてくれるのは、

 

「不愉快な感情から逃げるのは逆効果」ということです。

これが続くと、ストレス→不快感→食べる→不快感が解消されるという一連の負のパターンが出来てしまい、

ストレスを感じるたびに食べたくなってしまいます。

 

受け入れて寄り添う

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気を紛らわしたり、感じないフリをするのではなく、

 

「受け入れて寄り添うこと」にすごいパワーがあるのです。

 

では、具体的にはどうするかというと、

 

まず、自分が感じていること、考えていることを意識化します。

 

もし、「もうちょっと何か食べたいな」と感じているとしたら、

 

それがどんな感覚なのか、カラダの何処にあるのか意識するのです。

 

あるいは、イライラしていたり、不安な気持ちがあるのであれば、

 

今自分は、どんな風にそれを感じているのかを探ってみます

 

さて、この次が重要です。深呼吸をします。

 

不快感や不愉快な感情を感じているところに、息を吹き込むように

 

深呼吸を何度か繰り返しましょう。

 

自分の感情やカラダの感覚に気付きながら呼吸をして、

 

さらに意識を広げて自分が本当にやりたいことを意識します。

 

もしキープしたい体重があれば、それを思い出しても良いし、

 

「適度に食べて胃腸の状態を整えて健康を保つ」でも、

 

「過食しない事で生活習慣病を防いで元気に動ける時間を出来るだけ伸ばす」でも、自分の目標を思い出します。

 

 

衝動の波のやり過ごし方を習得する

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さて、もう一つストレス→不快感→食べるという一連の負のパターンを断ち切る、

 

重要なポイントがあります。

 

それは、「衝動をやり過ごす方法」を身につけることです。

 

食べ過ぎてしまうのは、もちろん不快な感情から逃れたい気持ちもありますが、

 

甘いものや中毒性のあるスナックなどを食べる事で脳が得る、

 

目の前の「快」の感覚を求める衝動もありますよね。

 

食べ過ぎを防ぐために重要なのは、この「衝動」はいずれ消えることを理解することです。

 

食べたい衝動とは少し違いますが、例えばカァーッと頭に血がのぼるような

 

「衝動的な怒り」は、どのくらい続くと思いますか?

 

たったの6秒です。

 

このカァーッと頭に血がのぼるのはカラダ中をアドレナリンが駆け巡るからですが、

 

このアドレナリンがカラダから抜けるまでの時間が6秒です。

 

つまり、1、2、3、4、5、6とカウントダウンしながら待てば、

 

衝動的な怒りの波は落ち着いていきます。

 

同様に、「食べたい」という衝動も、少し待てば消えていくのです。

 

そしてもう一つ心に留めておいて欲しいのは、

あなたは「欲求」でも「感情」でもない」、ということと、

 

すべての「欲求」や「感情」に対応しなくても良い、ということです。

 

それらは、波のようにあなたのところにやってきては消えていくということを意識してみてください。

 

では、具体的に衝動のやり過ごし方を見てみます。

 

まず、最初のところで見たように、食べたいという衝動の波に襲われた時の身体的な感覚、その不快感に意識を向けます

 

そして、その不快感を受け入れ、寄り添います

 

ゆっくり呼吸をしながら、「この感覚を受け入れることができるし、辛抱すれば消えていく」「波のようにピークを超えれば必ず落ちついていく」と意識します。

 

こうして「衝動をやり過ごす」ことを繰り返していくうちに、

 

ストレスを感じるから食べ過ぎてしまう、という連鎖は断ち切ることができるのです。


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最後になりますが、それでも食べてしまうことはあると思います。人間ですから

 

その時には、反省したり罪悪感を感じる必要はまったくありません

反省したり、自分を罰することで意志を強くできると考えてしまう方もいるかも知れませんが、

実はこれもまったく逆効果です。

 

意外かもしれませんが、「意志の力」は罪悪感を感じるほど、自分を責めるほどに弱まってしまうのです。

 

もしそうした自責の気持ちや、罪悪感、自己嫌悪が出てきたら、

 

そうした気持ちにも気づいて、受け入れて寄り添ってあげてください。

 

食べてしまったら、自分を責める代わりに、

 

「そんな時もあるよね」と自分に共感し、

 

「次、また試してみよう」励ましてあげてみてください。

 

 

 

 

2020年05月08日 17:27

「失意」という精神的ダメージから身を守る②

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前回のブログでは、フランクルから絶望的な状況を生き延びる力を学びましたが、

 

フランクルと同様、安全も未来も保障されていない過酷な状況から生還し、

 

失意の危険性を説いた、もう一人のサバイバーをご紹介します。


それは、アメリカ軍将校のジェームス・ストックデールです。
 

フランクルが収容所から解放されて20年後、

 

1965年ベトナム戦争で戦っていたストックデールは捕虜となり捕虜収容所に入れられました。

 

ストックデールは、足に鉄の鎖をつけられ、日常的な暴行を受け

20回以上にわたると言われる拷問が行われた

いつ釈放されるかも分からない7年半もの捕虜生活を生き延びた人です。

 

拷問を耐え抜いたストックデールの逆説

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そのストックデールに、ジェームズ(またはジム)・コリンズが取材をし、

 

その捕虜生活を生き延びることができた原動力について問いました。

 

ストックデールは、こう言います。
 

”I never lost faith in the end of the story, I never doubted not only that I would get out, but also that I would prevail in the end and turn the experience into the defining event of my life, which, in retrospect, I would not trade.”

 

「わたしは結末について確信を失うことはなかったここから出られるだけでなく、最後にはかならず勝利を収めてこの経験を人生の決定的な出来事にし、あれほど貴重な体験はなかったと言えるようにするということを、決して疑うことは無かった」

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つまり、「最後には必ず外に出て勝利をおさめる」という強い信念が彼を支えたのだと言います。
 

盲目的な楽観主義は危険


一方で、生き延びることが出来なかったのはどんな人かというコリンズの質問に対して、

ストックデールはこう答えます。
 

”Oh, that’s easy, the optimists. Oh, they were the ones who said, 'We're going to be out by Christmas.' And Christmas would come, and Christmas would go. Then they'd say, 'We're going to be out by Easter.' And Easter would come, and Easter would go. And then Thanksgiving, and then it would be Christmas again. And they died of a broken heart.”
 

「それは簡単だ、楽観主義者だ。そう、クリスマスまでには出られるさ、と言っていた人たちだ。クリスマスが近づき、終わる。そうすると、彼らは復活祭までには出られると考える。そして復活祭が近づき、終わる。つぎは感謝祭、そしてつぎはまたクリスマス。そうして彼らは失意のために死んでいった


以前にペパー先生のブログから紹介したように、免疫力を上げるのには楽天的でいることは確かに重要です。

けれど、危機的状況では、あと1ヶ月くらいでどうにかなる、といった非現実的で盲目的な楽観主義は失意という大きな精神的ダメージに繋がってしまいます。


ストックデールは言います。
 

This is a very important lesson. You must never confuse faith that you will prevail in the end—which you can never afford to lose—with the discipline to confront the most brutal facts of your current reality, whatever they might be.


「これはきわめて重要な教訓だ。最後にはかならず勝つという確信、これを失ってはいけない。だがこの確信と、それがどんなものであれ、自分がおかれている現実のなかでもっとも厳しい事実を直視する規律とを混同してはいけない」


これが「ストックデールの逆説」です。


つまり、最も厳しい事実や現実を直視しながらも、「最後には絶対に大丈夫」という確信を失わないこと。


普通は、厳しい現実を直視すると悲観的になり、心が折れてしまいがちですよね。

だからこそ、逆説なのです。

目の前にあるもっとも厳しい事実を直視するとは、今の私たちにとっては、

コロナの感染力や、感染した場合に起こりうる最悪の事態、今体験している様々な制限や不自由がまだまだ続く可能性あることなどを、きちんと直視することではないかと思います。


では、その中で「最後には絶対に勝つ」という信念を持ち続けるには、どうしたら良いのでしょう。


ストックデールは、”Faith”(確信あるいは信念)"DIscipline"(規律、統制、自制心)の両方の重要性を説きました。

これこそが危機を乗り切る最大の秘訣かも知れません。


自分がやる必要があることに意識を集中して、それをやり続けるという規律。

そこから生まれる「大丈夫」という自信と、「絶対に乗り切れる」という確信。

その両輪があって、前に進んでいけるのではないかと思います。

 

自分にできること・やる必要があることをやり続ける規律


自分に出来ることは、人それぞれだと思います。

働くために外に出なければならない人は、ソーシャルディスタンスを気を抜かずに行うこと、手洗いやこまめな水分補給、そして免疫力をあげることに集中すること。

また在宅勤務の方や、自粛で家にこもれる方は、生活リズムが乱れて体調を崩さないように気をつけること。

また、もう既に様々な事情で精神的・身体的な不調や苦しさを抱えている方にとっては、布団から出ることは辛いことかも知れません。カーテンを開けることは、しんどいことかも知れません。

そんな時には、自分に優しくしてあげてください。

頭の中にある自分を責める声、出来ていないことを並べ立てる声に耳を貸さずに、あなたがもう既に出来ている事を、それがどんなに些細なことでも労ってあげてください。

私たちは、それぞれ、もう既に充分、頑張っていると思います。

ですから、もう既にやっている事、出来ている事に目を向けましょう。

それが小さな事でも、やっている自分を労いましょう。

そうして「終わりは必ず来る」という確信を持って乗り切りましょう。


 

2020年04月30日 10:00

「失意」という精神的ダメージから身を守る①

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緊急事態宣言が出され、政府はその期限を5月6日としました。

 

心のどこかでは、そんなに早く収束するはずがないと思いながらも、5月6日を心待ちにしている方もいるかも知れません。

 

また、緊急事態宣言が解除されたら、元どおりの日常が送れると期待している方も多いのではないかと思います。

 

けれど、この「◯日までの辛抱だ」「夏になったら解放され元どおりになる」

 

と言った希望の持ち方は、時に私たちに大きな精神的ダメージを与えると唱える人たちがいました。

 

それは、強制収容所での過酷な状況や、何年も続く捕虜生活と拷問を生き延びた人たちです。

 

各国のトップは口々に、コロナウイルスとの戦いは戦争であると表現しましたが、

 

もしそうなのであれば、戦争という過酷な状況を生き抜いた人々の体験から、

今の私たちは何か学べることがあるのではないかと思います。

 

強制収容所を生き抜いたフランクル

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ヴィクトール・エミール・フランクル
という人をご存知でしょうか。

 

彼は、オーストリアの精神科医であり、ユダヤ人です。

 

そして、それ故に、第二次世界大戦の際にナチスドイツによって

 

アウシュビッツ強制収容所に送られてしまいます。

 

もちろん、フランクル一人でなく、彼の両親も、兄も、結婚したばかりの妻も、ユダヤ人として強制収容所に送られ、殺されてしまいます。

 

フランクル自身も、収容所の中で過酷な労働、寒さ、飢え、暴力に苦しみといういつ終わるか分からない収容所の生活を送りながらも、その状況を耐え抜いて生還しました。

 

そして、その時の体験を克明に記録した、ベストセラーとなる「夜と霧」を執筆したのです。

 

家も、家族も、食べるものも、お金も、自由も、すべて奪われてしまった時

 

人は、こんな人生に何の意味があるのだ絶望します。

 

いったい、この人生に、生きる意味などあるのか、と。

 

強制収容所は、こうした全てを奪われた人々の集まりでした。

 

そんな中で、フランクルは囚人たちが何に絶望し、

 

どんなことに希望を見出したのかを精神科医の視点からつぶさに観察しました。

 

そして彼が発見したのは、絶望の中での生き延びる力です。
 

人生に期待するのをやめ、生きる目的を持つ

「クリスマスには収容所から解放される」という噂が広まったのち、

 

その通りのことが起きなかったとき、人々は失望し、自暴自棄になり、力尽きてしまいました。

 

また、夢の中で「5月30日に戦争が終結する」という予言のような声を聞き、それを信じたその人は、

 

何の状況変化も起こらなかった5月29日に高熱を出し、31日には亡くなってしました。

 

フランクルは、「人生に期待するのをやめよ」と言います。

 

人生に何かを期待し、そこに生きる力を託してしまう時、

 

それが現実のものとならなかった時、人は失意のうちに生きる力も無くしてしまいます。

 

そんな状況を生き延びる唯一の道は、「生きる目的」を持つことだとフランクルは悟ります。

 

「生きる目的」を持つためのコペルニクス的転換とは

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そして、そのためには「コペルニクス的転換」が必要だと言います。

 

つまり「人生の意味を問う」ことから、「人生から投げかけられている問いに応える」ことへの転換です。

 

 

「もういいかげん、生きることの意味を問うことをやめ、


わたしたち自身が問いの前に立っていることを思い知るべきなのだ。


生きることは日々、そして時々刻々、問いかけてくる。


わたしたちはその問いに答えを迫られている。


考え込んだり言辞を弄することによってではなく、


ひとえに行動によって、適切な態度によって、正しい答えは出される。」

 

さらに、フランクルは言います。

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「どんな時にも人生には意味がある。

 

未来で待っている人や何かがあり、そのために今すべきことが必ずある」

 

そうして、未来に向けた「生きる目的」だけでなく、

 

極限状態においても人間性を保つことの重要性についても指摘します。

 

囚人たちの中には、そんな過酷な状況にあっても、音楽を楽しみ、夕焼けを見て心を震わす者たちもいたと言います。

 

一瞬、一瞬を大切にして、美や創造の喜びを感じることが、

 

どんな状況にあっても生きがいを見いだす力になるのだと。

 

2020年04月28日 10:13

コロナ自粛による生活リズムの乱れをリセット

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長引く自粛生活と慣れない在宅勤務で、生活リズムが乱れてしまっている方も多いのではないかと思います。

 

また、緊張と不安が続く毎日で、夜に寝つきが悪くなったり、朝なかなか起きられず、中には、昼夜逆転してしまっている方もいらっしゃるかも知れません。

 

こうした、生活リズムの乱れ、不安や緊張の高まり、睡眠サイクルの乱れは、自律神経の乱れに繋がることがあります。

 

もし、なんとなく身体が重い、だるい、頭が重くてスッキリしない、気持ちが落ち込むといった体験をされいる方がいたら、それは、こうした生活リズムの乱れによる「自律神経の乱れ」が原因となっているかも知れません。

 

「コロナ鬱」という言葉も聞こえてくるようになりましたが、自律神経の乱れが続くと、抑うつ状態になるリスクも増えます。それは、免疫低下にも繋がりかねません。

 

(もちろん、数日から数週間、生活リズムが乱れたからといって、すぐに病気になるわけではなく、その状態が1ヶ月、2ヶ月と続いてしまうことが問題なので過度に不安になる必要はありません。)

 

そこで、ここで視点を切り替えて、「どうしたらそれを防げるか」「体調を整えて毎日を元気に過ごすにはどうしたら良いか」に焦点を当てましょう。

メリハリ(活動とリラックス)が大事


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私たちが普段、意識しなくても呼吸したり、心臓が動いたり、食べたものを消化したり、汗をかいて体温調節が出来ているのは、すべて自律神経のおかげです。

 

私たちの身体にはたくさんの神経がありますが、その中でも内臓の働きを調整して、体温、血圧、心拍、呼吸、発汗、胃腸の運動などをコントロールしてくれているのが自律神経です。

 

そしてこの自律神経は、昼間の活動している時に優位になる「交感神経」と、夜にリラックスしている時に活発になる「副交感神経」の2つが、バランスよく働いてくれることで、心と体の調子が整うのです。

 

つまり、自律神経を整えて、頭がスッキリ、体も軽く、気分良く過ごすには、この「活動・適度な緊張」と「休息・リラックス」のメリハリを作ることが重要です。

 

出来るだけ昼間は身体や頭を動かして活動し、夕方以降はリラックスしてのんびり過ごす、というサイクルができると自律神経は整いやすくなります。

 

体内時計は24時間じゃない

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さて、この自律神経にはリズムがあります。先ほど、昼間は交感神経が活発になって、夜は副交感神経が優位になると言いましたが、これは1日を通した大きなリズムです。

 

このような一定の時間帯に上がったり下がったりするような約1日の周期があるリズムのことを、サーカディアンリズムと言います。

 

サーカディアンリズムの代表が、睡眠と覚醒のリズムです。

 

そして、このサーカディアンリズムは体内時計によって調整されていますが、ここに大きな問題があります。

 

地球の周期が1日24時間なのに対して、なんと体内時計の周期は1日は24時間から25時間です。

 

つまり、本来、人間の体内時計と、外の環境にはズレがあるのです。

 

そのため、放っておくと、私たちが自然と眠くなる時間は、毎日少しずつ遅れて行ってしまうことになります。

 

コロナ自粛で家にずっといると、起床時間と就寝時間が、だんだん後ろにずれていってしまうのは、そのためです。

 

朝の太陽光を浴びて体内時計をリセット

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では、サーカディアンリズムを整えて健康を保ってくれる体内時計、どうやったらリセットできるのでしょう。

 

それは、午前中にしっかりと朝の強い光を目に入れること。

 

(とはいえ、直接太陽を見ないでください)

 

そのメカニズムは、こうです。

 

目から入った光は、網膜を通して視床下部にある視交叉上核に伝わります。

 

ここが体内時計をリセットしてくれる場所です。

 

こうして伝わった光の信号は松果体(しょうかたい)に伝わり、


その1416時間後に再びメラトニンという睡眠ホルモンが分泌されることで


眠気が生じるというのが、一連の仕組みになっています。

 

食事や運動もバイオリズムを整えてくれる

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午前中の強い光だけでなく、食事や運動なども体内時計をリセットする刺激となると考えられています。

 

まずは食事。皆さまそれぞれ状況があると思いますが、やはりいつも同じ時間に朝ご飯、お昼、夕飯を食べるということがリズムを整えてくれます。

 

それを一つの区切りとして、一日のルーティンを作ってみてはいかがでしょうか。

 

軽い散歩などの運動は、午前中にすることで太陽光を浴びることにもなるので良いと思いますし、

 

断捨離や家の片付け、掃除などの体を動かす家事も午前中にやると良いと思います。

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夜は出来るだけのんびり、ゆったり、リラックスして過ごせるように、

 

お仕事をされている方は、夕食前までの時間に集中して終わらせるようにするなど、

 

時間の区切りを意識して、ご自分にあった生活リズムを作ってみてください。


こんな大変な時だからこそ、それを乗り越えていくための大事な基礎として、


まずは体内時計を毎日リセットし、自律神経のリズムを整え、体調が整うことで、


ココロとカラダの体力を保っていきましょう。

 

2020年04月24日 17:36

コロナウイルスという大きな不安とストレスへの向き合い方

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変えられないものを受け入れる心の静けさを
変えるべきものを変える勇気を
そして、変えられないものと変えるべきものを区別する叡智を与えてください


世界中でコロナウイルスが猛威を振るうなか、日本でも状況は緊迫してきました。

皆さま、それぞれの立場や状況で、取れる対策、出来ることに取り組んでおられることと思います。

ストレスについての見地からは、見通しが立たないこと、未知のものは強いストレスになります。

また、コントロールできないものを、コントロールしようとすることも大きなストレスです。

なので私たちは、この変えることの出来ない大変な現実を受け入れ、

出来るだけ信頼できる情報を集めて見えないものを見えるようにして、

自分に出来ること、対処できることに集中することによって、

この大きなストレスに立ち向かって行けたらと思います。

 

不安をエネルギーに変える


不安には、大きな力があります。

それは諸刃の剣ではないかと思います。

私たちをもっとも苦しめるのは「漠然とした不安」です。

正体の分からないものや、姿の見えない幽霊ほど怖いように、

正体の分からない不安は、頭のなかで無限に膨らみ、

私たちの心を蝕んでいきます。

けれど、不安はお腹の下の方から湧き上がってくるエネルギーでもあります。

それは、私たちにアクションが必要なことを教えてくれています。

ですから、不安を押さえ込むのではなく、力に変えて使う方法を試してみてください。


まずは、不安を見えないものから、見えるものにする必要があります。

今、不安に思っていることを全て書き出していきましょう


お金や家についての不安、自分や家族や身近な人が感染するのではないかという不安、

日用品や食料の不足への不安、この先日本や世界がどうなってしまうのかという不安、等々。

様々な不安が出てくることと思いますが、出来るだけ具体的に不安の内容を書いていきます。

例えば、会社員の方であれば、「会社が倒産して失業したらどうしよう」といった不安もあるでしょうし、

自営業の方には「収入が無くなって家賃など払えなくなったらどうしよう」といった不安があるかもしれません。

また、「自分や家族、大切な人が感染して、苦しんだり死んでしまうかもしれない」という不安もあるかも知れません。

もっと身近なところでは「トイレットペーパーが買えなくなったらどうしよう」

「食料がスーパーから無くなってしまったらどうしよう」といった不安も出てくるかも知れません。

次に、それぞれ書き出したことについて、「自分が出来ること」を探していきます。


例えば、一従業員としては会社を倒産させないように何かをすることは出来ないかも知れませんが、

そうなった場合に自分が出来ることを探しておくことは出来ます。

トイレットペーパーもマスクも、代替になるものを探して準備しておくことも出来ます。

感染への不安も、こまめな手洗い、出来るだけ人との接触を避ける、会う時には2m以上の距離を取る、

換気をこまめに行う、外から家に入れるものは出来る限り消毒する、

買い物は1週間から1週間分などまとめていくなど、自分に出来る最大限の対処をしつつ、

自身の免疫を上げていくために、栄養のある食事、適切な睡眠、適度な家での運動や散歩する、

コロナについてのテレビ番組は見過ぎない、家では楽しいことを探してやる、

面白いドラマ、映画、本など読んで笑う時間をふやすといったことが出来ます。

自分に出来ることが見つかったら、不安をエネルギーに変えて、アクションを起こしていきます。


これも、今の自分に出来ることから、淡々とやりましょう。

コロナ騒動の初期には「オリンピックが延期になったら日本はどうなるんだろう」と、

不安を感じていた方もいましたが、いざそうなってしまえばそれに対処するしかない現実があります。

実は、不安というのは、ジェットコースターが落ちる直前が一番怖いのと同じで、

それが起きたらどうしようと想像している時が一番の恐怖なのです。

起きてしまったら、それに対処するのに必死で、不安や恐怖は無くなってしまうのです。

目の前の現実を受け入れ、不安を力に変えて準備するべきものは準備して、

今、自分に出来ることを淡々とやっていく。


それが、自分たちにコントロール出来ない大きな脅威にさらされた小さな私たちが、

自分を見失わないために必要なことではないかと思います。
 

 

2020年04月12日 10:55

プライドと自己愛

水面に映る木々

プライドが邪魔をする

 

前回のブログでは、「非合理的信念」が私たちを苦しめているという

 

お話しをしました。

 

「自分はいつも必ず上手くやらなければならない、そうでなければ、自分はダメ人間だ!!」

 

「人はいつも必ず自分に優しく、平等に扱い、親切で、礼儀正しくなければならない、そうでなければ、みんなろくでなし」

 

「人生はいつも必ず自分の思い通りになるべきで、そうでないなら、耐えられない」

 

と思っている方が目の前にいたら、

 

少しプライドが高いと感じる方もいるかも知れません。

 

ちょっとした自分のミスを許せなかったり、

 

自分に少しでも失礼な態度を取る人を許せなかったり、

 

自分にとって都合の悪いことが起きることを受け容れないのは、

 

プライドが高いようにも感じてしまいますよね。

 

自分のプライドが邪魔して自由に行動できない、

 

自分のプライドゆえに自分にも他人にも厳しくなってしまうという経験は、

 

誰にでもあるのではないかと思います。

 

けれど高すぎるプライドの背景には、

 

とても苦しい「自己愛の傷つき」が隠れていることがあります。

 

自己愛とナルキッソス

 

「自己愛」は、ギリシャ神話のナルキッソスに由来する、

 

英語のNarcissism(ナルシシズム)を日本語に訳したものです。

 

美しい青年ナルキッソスに恋をしたエコーは、

 

ゼウスの怒りをかったために、自分からは話しをすることが出来ず、

 

相手の言葉を繰り返すことしか出来ません。

 

自分からは話しかけられないエコーを、

 

ナルキッソスは冷たくあしらいます。

 

傷ついたエコーの恨みを聞き入れた復讐の女神ネメシスによって、

 

ナルキッソスは水面に映る自分自身に、

 

決して叶うことのない恋をしてしまいます。

 

そんなナルキッソスに由来するナルシシズムは、

 

「自分自身に対する関心の集中」の現れです。

 

健全な自己愛と、不健康な自己愛

 

ただ、この「自分自身に対する関心」には、二つの種類があります。

 

一つは、健全な「本来の自分自身に対する関心」で、

 

自分が何をどう考え、感じているのかといった関心で、

 

内省を可能にするものです。

 

またこうした健全な自分自身にたいする関心は、

 

Self-love(セルフ・ラブ)自尊心といった

 

健全に自分を愛することができることの基礎にもなります。

 

一方で、「他人がもつ自分に対する評価への関心」があります。

 

これは、本来の自分自身というよりも、

 

「他者に映し出されるイメージとしての自分」に対するこだわりです。

 

この他者が持っている自分のイメージや評価に関心が集中してしまうと、

 

本来の自分からはどんどん疎外されていき、

 

自分が本当はどんな風に思っているのか、

 

感じているのか分からなくなってしまいます。

 

また他者による自己評価は、

 

自分ではコントロールできないものですから、

 

不安がなくなることはありません。

 

こんな風に他人からの評価に依存してしまうようになるのは、

 

やはり小さい頃の苦しい体験があります。

 

ナルシシズムの方は、

 

ナルシシズムの苦しみをもった親が背後にいることが多いのです。

 

自分に感心を向けてもらえないエコーが、

 

自分から、自分の話しをすることができなかったように、

 

ナルシシストの前では、

 

その人は存在することが出来ないのです。

 

ナルシシストの親の前では、

 

本来の自分自身に関心を持ち、

 

健全な自己愛を育てることは難しくなってしまいます。

 

すると自分の価値を他者からの評価に依存せざるを得ないのです。

 

多くのクライエントさんは、

 

子どもの頃に自然に持つ

 

「ちゃんと自分を見て欲しい」

 

「ちゃんと自分の話しを聴いて欲しい」

 

という自然な欲求が満たされなかった辛さを感じたくないために、

 

その欲求を自分が持っていることを

 

否定してしまっていることが少なくありません。

 

だからこそ、その否定を取って、

 

自分のなかにあるそうした自然な欲求を

 

認められるようになることは、

 

カウンセリングにおける一つの課題となります。

2019年01月25日 06:28

現実をありのままに受け止める

混ざったインク

現実をみることの難しさ

 

前回のブログでは、

 

パニックにならないために心を落ち着ける方法として、

 

ヴィパッサナー瞑想について触れました。

 

そして、「現実をありのままに見る」ことの重要性についても。

 

でも、「現実をありのままに見る」って、

 

実はとっても難しいですよね。

 

では、なぜ、私たちには「現実をありのままに見る」ことが

 

難しいのでしょうか。

 

それは、私たちが物事を認識するときには、

 

フィルターを通して認識しているからです。

 

よく使われる例えは、

 

私たちはみな世界を見るために「色メガネ」をかけているけれど、

 

自分がメガネをかけていることにも気付いていないし、

 

それがどんなメガネなのかもよく知らない、というものです。

 

認知とは

 

心理学では、これを「認知」と呼びます。

 

心理学における「認知」とは、

 

ひとが外の世界にある対象を知覚し、

 

それがいったい何であるのかを「判断」したり、

 

「解釈」したりするプロセスのことを指します。

 

そして、その「判断」や「解釈」は、

 

その人の経験や知識に基づいて行われます。

 

例えば、人との関係で傷ついた経験がある方は、

 

知人に街ですれ違って挨拶をして返されなかったら、

 

「無視された」と悲しくなったり、

 

「何か気に触ることをしてしまったのかも」と不安になって、

 

次にその人に会っても距離を取ってしまうかも知れません。

 

あるいは、どこか自分に自信が持てずにいるかたが、

 

企画を提案して却下されたときには、

 

「自分には才能がない」と落ち込んでしまったり、

 

「自分はあの上司に嫌われているに違いない」と怖くなって、

 

次からは企画をたてることを止めてしまうかも知れません。

 

事実の仕分け作業

 

これを読んでいる方は、もう気付かれたと思いますが、

 

「無視された」も「自分には才能が無い」も、

 

「気に触ることをしてしまった」も、

 

「上司に嫌われているに違いない」も

 

すべて「事実」ではなく、「解釈」であり「判断」ですよね。

 

もっと言うと、それは単なる「考え」です。

 

けれど、この「考え」がひとを悲しませたり、落ち込ませたり、

 

不安にさせたり恐怖を感じさせています。

 

さらには人から遠ざかり、

 

もう企画は出さない、という「行動」につながっています。

 

こんな風に事実、考え、感情や行動は混ざり合って絡まりあってしまっています。

 

そこで、認知行動療法では

 

「事実」と「考え」を分けることを練習します。

 

上記の例でいえば、

 

「知人に街ですれ違い挨拶をしたら返ってこなかった」

 

「提案した企画が通らなかった」

 

というのが、事実ですよね。

 

認知行動療法では、この先がありますが、

 

まずはこの「事実と考えの仕分け作業」が出来るようになることは、

 

とても重要です。

 

是非、次に何か不安になったり、

 

怖くなったり、落ち込んだときには、

 

「事実」は何なのかを探して、

 

「ありのままに事実を見る」ことを意識してみてください。

2019年01月16日 21:53

パニックにならないために

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洞窟に閉じ込められてもパニックにならなかった少年たち

 

前回のブログでは、不安は消そうとすればするほど強くなるというお話しとともに、不安を受け容れることの重要性について書きました。

 

日々の生活のなかで、思わぬ事態に陥ったり、

 

大変なことが重なってしまったりして、

 

パニックになりそうな瞬間というのは多々ありますよね。

 

昨年2018年の7月に、タイのサッカーチーム12人の少年とコーチが、

 

洞窟のなかに2週間以上も閉じ込められたあと、

 

無事に救出されたというニュースが、

 

まだ記憶に新しい方もいらっしゃるかも知れません。

 

そんな普通であればパニックになりそうな状況を

 

見事に切り抜けることが出来たのは、

 

少年時代に出家し10年以上も瞑想の修行をしていたという

 

コーチによる導きのもと、

 

少年たちが真っ暗な洞窟のなかで瞑想をしていたためと報道されました。

 

ABC Newsによると、コーチは、

 

出口が水で塞がり出られないということを悟ったとき、

 

まずは自分自身が落ち着きを取り戻さなければならない、

 

そして少年たちを落ち着かせ、

 

希望を持たせなければならないと思ったといいます。

 

そのコーチが少年たちに指導した瞑想法は、

 

ヴィパッサナー瞑想だと言われています。

 

ヴィパッサナー瞑想

 

ヴィパッサナー瞑想はテーラワーダ仏教の教える瞑想法です。

 

仏教のなかでも紀元前5世紀に釈迦が悟りを開いて、

 

教えを広め始めてから200年間くらいの間の仏教を初期仏教といいます。

 

その初期仏教のなかでも、

 

スリランカやタイ、ミャンマーなどの南方で広まった、

 

テーラワーダ仏教(上座部仏教(じょうざぶぶっきょう))のなかで、

 

伝え続けられてきた瞑想法がヴィパッサナー瞑想です。

 

つまり、釈迦の本来の教えにとても近いといえます。

 

釈迦が本来伝えようとした教えは、

 

とてもシンプルなものだと思います。

 

それは、現実をありのままにみること。

 

私たちが不安になったり、心配になったり、

 

怖くなったりすることというのは、

 

ほとんどが「いま・ここ」で起きていることではなく、

 

「過去に起きてしまったこと」や、

 

「未来に起きるであろうこと」に対する

 

「考え」や「イメージ」から生じています。

 

「こんなことが起きたらどうしよう」

 

「こうなってしまったら人生終わりだ」

 

「こんな失敗をしてしまったから、もうダメだ」

 

そうしたイメージや考えは、

 

脳にとっては現実にそうした悲劇が起きているのと、

 

区別をつけることが出来ませんから、

 

それを実際に体験したのと同じカラダの反応を引き起こします。

 

コントロールできることと、コントロールできないことを分ける

 

けれど、残念ながら、こうした常にあたまの中に湧きつづける、

 

さまざまな「思考」や「イメージ」を

 

止めることは出来ません。

 

また、それを無くして無になることは不可能なことです。

 

前回と同様に、まずは出てくるものは出てくるものとして、

 

ありのままに認める、気付くことが重要です。

 

そして、呼吸に意識を向けながら、

 

ひたすら意識にのぼることに「いま、こう考えていた」と気づいたら、

 

それに判断を下したり評価をすることなく、

 

またそれ以上その考えに入り込むのではなく、

 

また呼吸に意識を戻すということを繰り返していきます。

 

この「焦点をあてるものを選びなおすことができる」、

 

というのが意識の素晴らしいところです。

 

瞑想は筋トレと一緒で、

 

練習することでちょっとずつ上手になっていくものです。

 

でも逆を言えば、練習をしないと出来るようにはなりません。

 

タイの少年たちに話しを戻します。

 

彼らは瞑想をしながらただ救助を待っていただけではありません。

 

交代で、洞窟の壁の岩を掘り続けてもいたのです。

 

現実をありのままに受け止めながらも、

 

出来ないこと、変えられないことに意識を向けるのではなく、

 

自分で出来ることを探し、

 

たとえ小さくてもそれをやり続けること。

 

困難な状況に陥ったときには、

 

気持ちを落ち着けたうえで行動をつづけることの重要性が、

 

タイの少年たちが教えてくれたことかも知れません。

2019年01月12日 06:49

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