英雄神話の構造③
③Return リターン(帰還)
新しい世界で、至福と覚醒を手にした英雄は、日常生活には戻りたいと思わないかも知れません。
それを手に入れて故郷に戻ることが本来の目的だったとしても、
元いた場所に戻ることは簡単なことではありません。
多くの英雄もまた、最初は帰還を拒絶します。
その理由は、故郷に胸を張って帰れるほどの戦利品がないことであったり、
その帰路の困難を思い心が挫けてしまうことであったりします。
特に、そこに辿り着くまでが困難な道のりであればあるほど、
また同じ苦しみを味わうのかと思うと辞退もしたくなりますよね。
しかし、それでも英雄はもとの世界に戻らなければならないのです。
ホメロスは『オデュッセイア』のなかで、
トロイア戦争に勝利したイタケの王、英雄オデュッセウスが、
10年もかけて故郷イタケに戻る苦難の物語りを吟いました。
別世界にいることは、夢を見ているようなものです。
その夢が美しければ美しいほどそこから醒めたくないと思うものですが、
それでも夢から目覚め、日常世界に戻ってくる必要があるのです。
帰還なしには、旅は完結しません。
そして帰還はまた、
旅によって、そしてイニシエーションによって変化した自分と、
自分の帰るべき日常世界との統合でもあります。
10年間のトロイア戦争と10年間の帰路の漂白のなかで、
風貌まで変化してしまったオデュッセウスもまた、
自分の帰りを信じて待っていた貞淑の妻ペネロペに
自分がオデュッセウスであると証明しなければなりませんでした。
また、英雄を捉えている別世界もまた、彼の帰還を阻止しようとします。
あちらの世界から脱出するために、英雄は時には呪術を使ったり、
外界からの救出が必要となったりします。
こうしてようやく日常世界に戻って来た英雄は、再生を果たします。
あちらの世界と、こちらの世界、両方を知っていること、
その両方を行き来できること、そこから自由であることは、
英雄に自由な生と価値観の超越をもたらします。
“英雄神話に潜む世界の母型”
松岡正剛さんは、キャンベルの功績は、
神話などの人間の物語りの根底にある母型を示したことだと述べています。
それは、“「眠り(闇)」と「覚醒(光)」の絶えざる循環”であり、
“「個体(ミクロコスモス・部分・失われたもの・欠けたもの)」と、
「宇宙(マクロコスモス・全体・回復したもの・満ちたもの)」との対立と
融和と補完をめぐる母型“であると言います。
私たち自身の生命が眠りに落ちて、朝目覚めるというリズムを繰り返すように、
精神、あるいは魂もまた眠りと覚醒のリズムを繰り返しています。
何かを失っては、またそれを回復するための心の旅があります。
大きな長い期間でのリズムもあれば、
毎日の生活のなかでの喪失と回復もあります。
らせんのように繰り返される、光と闇のドラマ。
それは終わることのない、私たちの人生のドラマです。
2019年02月28日 11:18