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シャルトルブルーとゲーテ

闇と光と赤
前回のブログでは、シャルトルのノートルダム大聖堂と、ラビリンスのお話しをしました。
 
シャルトルのノートルダムといえば、もう一つ有名なのが、パリのノートルダムと同様に、バラ窓があります。
 
バラ窓(Rose window)とは、ゴシック建築によくみられる、放射状に伸びた仕切りとなる骨組みによってバラの花の形、もしくは車輪のようなパターンをなす円形の窓のことで、ステンドグラスで作られています。
 
(なので、車輪窓wheel windowと呼ばれることもあります。)
 
特に、シャルトルのバラ窓の青は、現代でも科学的にその成分の解析には成功していないと言われていますが、
 
その神秘的で、比類なく美しく深みのあるブルーは、「シャルトルブルー」と固有名詞で呼ばれるほどです。
 
どんなに色の解析をしても、「シャルトルブルー」の本当の深さと美しさを科学的に解明することはできない、とゲーテなら言うのではないでしょうか。
 
ニュートン的な科学、光学で光の波長に分解したとしても、大聖堂のなかで体験する神秘の青の本質は分からないのではないかと思います。
 

光だけを見つめたニュートン

アイザック・ニュートンは、自分が生まれる前に父が亡くなり、3歳の時には実母は再婚相手のところに行ってしまい、とても孤独な幼少期を過ごしています。

家にひきこもることが多かったと言われています。
 
そして、そんな孤独な彼がひたすらに惹かれ見つめていたのは、窓から差し込む太陽の光でした。
 
彼は取り憑かれたかのように、沢山の日時計を作りました。
 
そして、その彼の飽くなき光への希求が、光のプリズム実験へと繋がっていきます。
 
ニュートンは、ただ光だけを見つめ、それを分解し、色を発見しました。彼にとって闇とは、単なる光の欠如でした。

そこが、ゲーテとの大きな違いです。
 

闇を受け入れたゲーテの色彩論

ゲーテの色彩論では、闇は色彩現象をになう重要なものでした。

ゲーテは、闇無しには、色彩は存在しないと考えたのです。彼は、光だけではなく、もっと大きな全体を見ようとしたのです。
 
それが、対象だけを細かく分解していく科学的なアプローチと、芸術との違いでもあるのかもしれません。
 
ゲーテは彼が20年の歳月をかけて執筆した色彩論のなかで、「色彩とは、光の行為であり、受苦である」と書いています。
 
真っすぐな光が何かにぶつかり、屈折し、「苦しむ」ことで色となります。
 
そして、「行為」ということは、そこには動きがあります。それは、止まったもの、静なるものではなく、生成するものです。
 
色は、光と「人間の眼」との出会いによって生じるものなのです。
 
シャルトルブルーの本質が科学的には解明できないのは、それが私たちの「眼」との出会いによって生じる現象だからです。
 
ゲーテの色彩論では、青は闇に一番近い色です。
 
その青がステンドグラスに差し込む光と出会うことによって、「赤」というパワフルな色を生み出します。
 
ゲーテは、この光と闇、対立するものが呼びもとめ合う「分極性の働き」を自然のなかに見いだし、そして、その互いに対立するものが呼び求め合い、統合することで、より高いものが生じる「高昇の働き」も発見します。
 
シャルトルのバラ窓には、青と赤が使われていて、赤は「慈愛」のシンボルだと言われています。
 
慈愛は、英語だとAffectionでラテン語のaffectioを語源に持ちますが、ラテン語のaffectioのいくつかの意味の中には「善い意志」「意志」という意味もあります。
 
これは、自身も沢山の苦難と喜び、闇と光を体験したサイコシンセシスの創始者、ロベルト・アサジオリが、
 
私たちの存在の中心に「意志」を置いたことにも通じるのではないかと思います。
 
2019年05月08日 13:43

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